2/12 平昌 選手村 No.5
- 2018/05/08
- 12:00
Your name
ーー写真に集中したいから、今はそういうのいいかなって。
なんだよ、それ。人がせっかく、やっと意を決して思いを伝えようとしたタイミングで。
明日の予選のために、早く床についた俺。卓はすでに寝入ってしまったようで、隣のベッドからは規則正しい寝息が聞こえてくる。 先ほどの部屋で言われたことが、自然と浮き出てきて、悶々としてしまう。
ここ数日の羽生くんととの一連の騒動。正直、を取られてしまうと思った。だってあの人は4年前、俺が欲しくて欲しくてたまらなかった金メダルを、優雅に獲得してしまった人だ。血のにじむ様な努力は当然しているとは思うけれど、王侯貴族のような佇まいの彼からは、そんな素振りはほとんど感じられない。
のことも、同じようにスマートに持って行ってしまいそうで。
は羽生くんの元へ行く気は無いと言ったし、恋愛感情も持っていないと言った。嘘をつけないタイプだから、本心だろうとは思う。ーーだけど。
もう、が俺から離れてしまわないように、やきもきするのに疲れてしまった。に好意を抱いている男は、俺が知っている限りでも何人もいる。
今後、いつまた第2の羽生くんが出てくるかなんて、わからない。
だからもう、言ってしまおうと思った。もう耐えられなかった。いちいちの行動に不安になってイライラして、彼女の動きを牽制するのは。に拒否されたあとのことなんて、考えられなくなってしまうほどに、俺の我慢は限界だった。
ーー。じゃあ俺と付き合おうよ。
さっきの流れで、そう言おうと思った。それなのに、今は誰とも付き合う気がないって? さすがにそう言われてしまえば、俺が君に大してどうしようもないくらいの好意を抱いていることなんて、言えるはずがない。
ふざけんな、と思った。君はどこまで俺を振り回せば気が済むんだ。
だからまた、キスしてやった。そんくらいいいじゃん。俺をこんなに夢中にさせたーー罰だ。
本当はその先のことだって、したい。の瞳が、髪が、肌が、心が。好きすぎで、全部欲しくなってしまう。
さすがに無理やりそこまでは、できないけれど、今は。ーーだけど。
絶対に誰にも渡さない。は俺のだ。俺だけのものだ。
少なくとも当面の間は。俺の写真を撮ることに夢中になっている間は。突然俺の元から去る、ということは無さそうだけれど。
いつまで俺は、こんな風にの一挙一動を気にしなければならないのだろう。こんなんじゃ、またきっとしてしまう。キスや、もしかしたらそれ以上のことを。
だけど、俺の気持ちを宙ぶらりんにさせている君が悪いんだ。そんくらい、許してよ。
ーーもう寝よう。
明日は大事な予選だ。4年に1度のオリンピックの。欲しくて欲しくてたまらない、金メダルを取るために、俺はこの4年の全てを捧げてきたのだ。
絶対に手に入れる。金メダルもーーも。
俺は睡眠に入ることに意識を集中させる。そうすれば幼い頃から、飛行機のエコノミーの席の上だって、海外の見知らぬ外国人がたくさんいる大会の控え室の中だって、どこでも寝ることが出来た。
そして俺は眠りにつく。明日の競技に集中するために、雑念に無理やり封をして。
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