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2/12 平昌 選手村 No.1

 

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部屋の呼び鈴が鳴り、私はびくりと身体を震わせる。そして恐る恐るドアの覗き穴から、鳴らした人物を確認すると。

ーー想定通り、歩夢くん。

ハーフパイプの練習が終わったあと、選手村に戻って来た私。先程の「なんでもしてくれるなら、の部屋に行く。そうしないと昨日のこと許してあげない」という歩夢くんの脅し(!)に屈し、怖々と自分の部屋で待っていたのだ。

私は恐る恐るドアを開ける。歩夢くんはいつものポーカーフェイスだったので、何を考えているのかわからなかった。

「お邪魔します」

彼は低い声でそう言うと、特にためらう様子もなく、部屋の中へすたすたと歩いて入っていった。

そしてそのまま、ベッドの上に無造作に座る。

ーーな、なんでもって、何を考えているんだろ。

前みたいに抱きついてくるのか? キスか? それとも……

ーー「なんなら、今からする?」

Xゲーム前の、一緒のベッドで朝を迎えた時に、歩夢くんに言われた情景が鮮明に浮き上がってきた。

その先に起こり得たことを想像をしそうになり、私は慌てて首を振ってそれを打ち消した。ーーまさかね、いくらなんでも。

私は歩夢くんから離れるように、ベッドの端に座った。

すると意外にも、歩夢くんは視線を床の方へ落として、しばらくの間黙っていた。私も昨日の悪口の後ろめたさや、キスの件やらで何を言ったらいいか分からず、言葉を発さなかった。

そして、そのまま少しの間が過ぎた後。

「ーーあのさ」

歩夢くんがようやく、静かに口を開いた。

「な、何?」

「羽生くんの件、断った?」

「え……」

想定していなかったことを聞かれ、私は口ごもる。結弦くんに専属のカメラマンになる提案をされた後、私はフィギュアの練習場には行っていなかったので、彼には会っていない。

最初からその話を受ける気はさらさらなかったので、なんとなくノコノコと撮影に行くのは悪い気がしたのだ。

今度返事を聞きに来るって言っていたから、断るのはその時でいいやと思っていた。

「まだ……」

「……ふーん」

少し不機嫌そうに歩夢くんはそう言うと、そのまままた黙ってしまった。気に食わなかったのかと、私は焦ったが、やはり何も言えずに同じように黙る。

「断って。ーー早く」

すると歩夢くんが、真顔でじっと私を見てきて、そう言った。ぶつけられる強い視線に、私は後ずさりしそうになる。

「え……で、でも結弦くんが……」

「いいから。なんなら俺が言うし」

「だ、大丈夫! 自分で言えるよ!」

「じゃあ早く言って」

「……どうしたの? そんなことしなくても、結弦くんのカメラマンはやらないよ、私。昨日も言ったけど」

歩夢くんの主張に私は眉をひそめてそう言うと、彼は膝の上に両肘をついて、手のひらの上に顎を載せて、うつむき加減にこう言った。

「ーーが」

「え……?」

「やっぱり行っちゃうんじゃないかって。昨日行かないって言われたけど、いろいろ考えてるうちに、やっぱり行っちゃうんじゃないかって……そう思えてきて。ごめん、信じてないとか、そういうんじゃないんだけど」

「なんで……?」

が……羽生くんのこと好きなんじゃないかって。恋愛的な意味で」

歩夢くんは私の方をちらりと一瞬見たが、 すぐに視線を下に落としてそう言った。

「はっ……?」

思ってもみないことだった。考えたこともなかった。確かに小さい頃は大好きで結婚したいとかも言っていたし、今だって好きなことには代わりはないけれど。

兄弟とか、家族とか、それに近い感情だ。第一久しぶりに再開したばかりでまだ間もないのに、恋心が芽生える暇なんてない。

「ないない! それはない!」

私は手のひらを顔の前で振りながら、強い口調でそう言った。すると歩夢くんは、横目で私に視線を合わせてきた。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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