2/12 平昌 選手村 No.1
- 2018/05/06
- 10:12
Your name
部屋の呼び鈴が鳴り、私はびくりと身体を震わせる。そして恐る恐るドアの覗き穴から、鳴らした人物を確認すると。
ーー想定通り、歩夢くん。
ハーフパイプの練習が終わったあと、選手村に戻って来た私。先程の「なんでもしてくれるなら、の部屋に行く。そうしないと昨日のこと許してあげない」という歩夢くんの脅し(!)に屈し、怖々と自分の部屋で待っていたのだ。
私は恐る恐るドアを開ける。歩夢くんはいつものポーカーフェイスだったので、何を考えているのかわからなかった。
「お邪魔します」
彼は低い声でそう言うと、特にためらう様子もなく、部屋の中へすたすたと歩いて入っていった。
そしてそのまま、ベッドの上に無造作に座る。
ーーな、なんでもって、何を考えているんだろ。
前みたいに抱きついてくるのか? キスか? それとも……
ーー「なんなら、今からする?」
Xゲーム前の、一緒のベッドで朝を迎えた時に、歩夢くんに言われた情景が鮮明に浮き上がってきた。
その先に起こり得たことを想像をしそうになり、私は慌てて首を振ってそれを打ち消した。ーーまさかね、いくらなんでも。
私は歩夢くんから離れるように、ベッドの端に座った。
すると意外にも、歩夢くんは視線を床の方へ落として、しばらくの間黙っていた。私も昨日の悪口の後ろめたさや、キスの件やらで何を言ったらいいか分からず、言葉を発さなかった。
そして、そのまま少しの間が過ぎた後。
「ーーあのさ」
歩夢くんがようやく、静かに口を開いた。
「な、何?」
「羽生くんの件、断った?」
「え……」
想定していなかったことを聞かれ、私は口ごもる。結弦くんに専属のカメラマンになる提案をされた後、私はフィギュアの練習場には行っていなかったので、彼には会っていない。
最初からその話を受ける気はさらさらなかったので、なんとなくノコノコと撮影に行くのは悪い気がしたのだ。
今度返事を聞きに来るって言っていたから、断るのはその時でいいやと思っていた。
「まだ……」
「……ふーん」
少し不機嫌そうに歩夢くんはそう言うと、そのまままた黙ってしまった。気に食わなかったのかと、私は焦ったが、やはり何も言えずに同じように黙る。
「断って。ーー早く」
すると歩夢くんが、真顔でじっと私を見てきて、そう言った。ぶつけられる強い視線に、私は後ずさりしそうになる。
「え……で、でも結弦くんが……」
「いいから。なんなら俺が言うし」
「だ、大丈夫! 自分で言えるよ!」
「じゃあ早く言って」
「……どうしたの? そんなことしなくても、結弦くんのカメラマンはやらないよ、私。昨日も言ったけど」
歩夢くんの主張に私は眉をひそめてそう言うと、彼は膝の上に両肘をついて、手のひらの上に顎を載せて、うつむき加減にこう言った。
「ーーが」
「え……?」
「やっぱり行っちゃうんじゃないかって。昨日行かないって言われたけど、いろいろ考えてるうちに、やっぱり行っちゃうんじゃないかって……そう思えてきて。ごめん、信じてないとか、そういうんじゃないんだけど」
「なんで……?」
「が……羽生くんのこと好きなんじゃないかって。恋愛的な意味で」
歩夢くんは私の方をちらりと一瞬見たが、 すぐに視線を下に落としてそう言った。
「はっ……?」
思ってもみないことだった。考えたこともなかった。確かに小さい頃は大好きで結婚したいとかも言っていたし、今だって好きなことには代わりはないけれど。
兄弟とか、家族とか、それに近い感情だ。第一久しぶりに再開したばかりでまだ間もないのに、恋心が芽生える暇なんてない。
「ないない! それはない!」
私は手のひらを顔の前で振りながら、強い口調でそう言った。すると歩夢くんは、横目で私に視線を合わせてきた。
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