2/12 平昌 ハーフパイプ会場 No.2
- 2018/05/04
- 13:19
Your name
歩夢くんはニヤリ、と勝ち誇った笑みを私に向けた。
あれ、これはもしや。
はめられたのでは。
「え! ちょっ! 待って! 今の無し……」
「なんでもしてくれるんなら、練習終わったらの部屋行くわ」
「ちょっと! 待って、てば!」
「なんで? 許してあげないよ、そうしないと」
「う……」
私は言葉に詰まる。
ここで歩夢くんは別に最初から怒っていなくて、また私をからかうためにこんなやり取りを始めたのではないかと思った。たぶん……いや、十中八九そうだ。
元はと言えば、歩夢くんが私に変なことを言ってきたせいであって、私そんなに悪くないんじゃない?
だけど罵詈雑言を浴びせたのことは事実だし……。そこに私に非があることは確かだ。
「わ、わかった!」
私は堪忍してそう言った。すると歩夢くんは不敵な笑みを浮かべたまま、私の頭をぽんぽんと優しく叩く。
ま、またいちいち触ってくる!
私は自分の顔が赤くなるのを感じたが、そんな私に歩夢くんは容赦なく顔を近づけ、心から楽しそうに、あの低く魅力的な声で、こう言った。
「楽しみ」
私は熱を振り払うかのように必死に顔を横に振る。
「へ、変なことしないでよ!」
「変なことって?」
「……! キ、キ、キ、」
「き?」
わざとらしく、首をかしげて聞いてくる歩夢くん。その流し目がとても色っぽくて、せっかく振り払った熱が再び復活する。
もう! わかってるくせに! キスとかだよ! と叫ぼうと思ったその時。
「あ、コーチ呼んでるわ。じゃ俺行くね」
「えっ!? 待っ……」
「じゃああとで。……の部屋でね」
満面の笑みを浮かべて歩夢くんはそう言うと、そのままそそくさと去ってしまった。
ーーええええ、ちょ、ちょっとどうしよう。ヤバい。
い、いや! でもさすがに歩夢くんでも、ここでまたキスとかないよね!
きっと部屋でマッサージしてほしいとか、筋トレのサポートしてほしいとか……きっとそうに違いない!
考えるのが怖くて、必死にそう自分に言い聞かせて納得する私。
ーーだけど。
もしこれが歩夢くん以外の男の人だったら、私は断固拒否をしているだろう。こんな交換条件を出してくるなら、許してくれなくて結構だ、と絶対に憤慨している。例え結弦くんだとしても、絶対に拒否だ。
歩夢くんとは、とにかく一緒に楽しく過ごしたい。多少自分が変な目に遭っても。昨日のことを水に流して、今まで通りに過ごしてくれるんなら、「なんでもする」というのはあながち不本意ではなかった。
ーーそれに。
私は歩夢くんに抱きつかれたりキスされたりしても、心底嫌、というわけではなかった。まあ、そういうのはお付き合いしている人同士でやるものだと思うので、進んで自分から!というわけでは、もちろんないけれど。
だけど、歩夢くんなら。歩夢くんだけは。
大抵のことは、許してしまえる気がした。
ただただ、今後も一緒にいたい。できる限り、長い間。歩夢くんの写真を撮りたいのはもちろんだけど、それ以外の感情もあるような気がして。
生まれて初めての気持ちで、私はこの感情の正体がなんなのか、わからなかった。
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