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2/11 平昌 選手村 No.2

 

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「ーーねえ、

「な、何」

「今日、どこ行ってたの」

「え、それは……」

「羽生くんのとこ?」

「……どうして?」

「だって、俺のマネージャーをやめて、羽生くんの専属になるんでしょ?」

するとは、少し驚いたようだった。

「どうして、その話を……?」

「卓に聞いた」

「あ……」

が小さく声を上げる。それ以上は何も言わない。

ーーそっか。俺から離れて、行くことにしたんだ。

そう結論づけると、やるせなさやら苛立ちで、おかしくなりそうになった。

「そっか、行くんだ。まあ、昔優しくしてもらった羽生くんだもんね。断る理由はないか」

「……歩夢くん、あのね」

「いいんじゃない、フィギュアの方が写真映えしそうだし。羽生くんは別に通訳もマネージャーもいるんでしょ。は写真に専念できる」

「……いや、あの……」

「幼なじみなんだもんね。知り合ってすぐの俺なんかよりずっと、昔から。そんなら誰だって、そっち行くわ」

潤んだの瞳が目に入ってきた。こんな体制だからか、紅潮した頬に、少し荒い吐息。

自分の手で、を壊したくなる衝動に駆られる。いまだ見たことの無い、この先の表情を見たくなる。

ーーどうせいなくなるのなら。どうせ俺の元を去ってしまうのなら。

もうを、好きなようにしちゃえよ。

俺の中の悪魔が、そう囁く。そして今の俺には、それに抗う良心など、全く残っていなかった。

ーーとりあえず、キスがしたい。この前以上の。だって、俺がこれからするのは、キスよりも遥かに先のこと。

そして俺は泣きそうな表情のの唇を、容赦なく奪おうとした。ーーしかし。

はわなわなと身を震わせ、怒ったような表情になった。ちょっと想定外で、俺はたじろぐ。

ーーそして。

「あ、あ、歩夢くんの………馬鹿ー!!!」

俺に覆い被さられながらも、が絶叫した。俺は虚を突かれて、の手首を掴んでいた力を緩める。するとその瞬間を見逃さなかったが、俺の手を振り払って勢いよく飛び起きた。

そしては部屋の扉の付近まで小走りで移動すると、俺に向きなって俺を睨みつける。

「馬鹿! 歩夢! アホ! ドS! 変態! イケメン! クール! 天才!……じゃないや、とにかく歩夢くんの馬鹿ーーー!!」

最後の方は褒め言葉になりつつも、俺に罵詈雑言(?)を浴びせる。ーーえ、なんだこれ。

「結弦くんのところに行く!? 私が!? そんなの……そんなこと、あるわけないでしょうが!」

が怒りの表情を向けたまま、俺に向かって怒鳴るように言う。

ーーそんなこと、あるわけないでしょうが!

え、それって。

「1秒も迷わなかったよ! 言ったでしょ! 私が今まで見た景色の中で、歩夢くんが飛んでる姿が1番美しかったって! そんな写真を撮れるチャンスをみすみす逃すわけないじゃんか! ほんとに馬鹿!」

「え、でも、卓が昨日、羽生くんと会ったあとのが上の空だったって……」

俺はの気迫に押され、たじたじになりながらも問う。さっきまで迫っていたのに、あっという間の立場逆転。

「あれは! 結弦くんにどう断ろうか考えてたのっ! 今日だってね! さっきまでネットカフェで歩夢くんの動画みてたんだから! やっぱり歩夢くんを一番撮りたいなって、再確認してたんだから! ほんとに馬鹿! 馬鹿馬鹿大馬鹿ーーーー!!!」

一気にまくし立てる。息が苦しくなったのか、少しの間肩を上下させながら、呼吸を整えていた。ーーそして、その後。

「ーーもっと、信じてよ。私を」

は少し寂しそうにそう言うと、部屋から出ていってしまった。

俺はしばらくの間、が出ていった部屋の出入口のドアをぼーっと眺める。

ーーああ。やっぱり。やっぱり、って。

最高だ。本当に、大好きだ。

ーーすると。

「そろそろ出てもええかなっと……」

「……!?」

洗面所の方から、卓の申し訳なさそうな声が聞こえてきて、俺は驚愕して声のした方を向く。

卓は苦笑を浮かべながら、洗面所から出てきた。

「卓いたのかよ……」

俺は気恥しさで脱力して、その場にへたり込む。ーーしかし、最後までとしなくてよかった、と安堵した。

「いや、だって歩夢と、部屋に入ってきた瞬間ただならへん雰囲気で……出るに出られへんわ、あんなん」

「ーーたしかに」

「なんか、俺がかえってややこしくしてしもたみたいですまへん」

「いや、いいよ。の本音が聞けてよかったわ」

すると卓は俺に向かって不敵に笑って見せた。

「壮大な痴話喧嘩やったなあ」

「……痴話喧嘩、ねえ」

「あれで付き合ってないとかちゃんちゃらおかしいわ。じれったい」

「………」

俺は何も言えず黙る。卓もそれ以上は何も言わなかった。

ーー1秒も迷わなかったよ!

ーー歩夢くんが飛んでる姿が1番美しかったって!

ーーもっと信じてよ、私を。

さっきのの言葉の数々が、嬉しくて嬉しくて、たまらない。

が俺の元から去らないということ、が俺が思っている以上に俺のそばにいたいと思ってくれていること。……被写体として魅力的だから、ということで、それ以上の意味はないかもしれないけれど、それでも今はよかった。

喜びを噛み締めるのに忙しくて。

それ以外のことは、今はもうでもよかった。


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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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