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2/10 平昌 選手村 No.4

 

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「だって約束したじゃない、小さい頃」

「約束……?」

ーーなんだっけ。私のことだからまた忘れてるのでは。ちょっと昔の記憶を手繰り寄せるが、思い出せない。

「言ってたでしょ、『お兄ちゃんと結婚する! 』って。それで俺も『大きくなったらしようね 』って」

「…………………。………え。うああああ!?」

思わず変な声をあげてしまう私。

結弦くんの言葉に思い出したのだ。本当にお兄ちゃんが大好きで、ずっと一緒にいたくて、私は確かにそんなことを言っていた。ーーそりゃ、もう毎日のように。さすがに何回も言ったことなので覚えていた。

「言って……ました……ね」

子供の頃によくある微笑ましいエピソードだとは思うけど、現在眼前にその対象の人物が、それも王子様のようにかっこよく成長してその話をしてくるので、なんだか気恥しくなる。

「ーーねえ、

そして結弦くんは私の顔を覗き込み、氷上で見せるような妖艶な笑みを浮かべた。その色っぽさに、私はドキリとしてしまう。

「この約束、まだ有効?」

「え………?」

戸惑う私。

約束ってことは、大きくなったら結弦くんと結婚するってことで。あれ、でも今私たち大きくなってるよな。ーーってことは結婚するのか?

え、いやでも、ついさっきまで忘れていた約束であって、しかも結弦くんには再開して数日だし、大人になってからのことはよく知らないし……。

あれ、でも約束は約束なんだから、一方的な事情で反故にするのはダメ……なのか? いや、でもけ、結婚……って、いきなり……。

と、私が1人必死に考え込んでいると。

「……あははは! そんな本気で悩まなくても~! 面白すぎるー!」

そんな私の様子を見ていた結弦くんが笑い出す。私は一瞬意味がわからず「えっ」と小さい声を上げるが、からかわれたことに気づき口を尖らせた。

「もうー、そんなに笑わないでよぉ……」

「だって、面白かったんだもーん。は真面目だねー」

そういえば、歩夢くんにもたまに……いや、しょっちゅう、1日に10回くらいからかわれるんだけど、それって私がいろいろ生真面目に受け取りすぎなせいなのだろうか。

「結弦くんまで~。歩夢くんにも日々からかわれまくりなのに!」

「平野くんに?」

「そうだよー、もう毎日いろいろからかって面白がってくるんだから! かわいいとか適当な事言ってさ! やめてよーって言っても『面白いからやめない 』って! ひどくない!?」

「……平野くん、そんなこと言うんだ」

「そうなんだよ! 最近だって抱きついてきたりキス……」

歩夢くんに対するもやもやを誰かにぶちまけたくて、勢いよく話していた私だったが、うっかり昨日の件まで言ってしまい、私ははっとして慌てて口を閉じた。

「キス……?」

「あ! い、いや! なんでもないよ! 忘れて!」

必死に誤魔化そうとする私。でも確実に言ってたよな私。“キス ”って。

すると結弦くんは、少しうつむき加減になり、

「……こりゃまずいね。早く何とかしないと」

小声でそう、呟く。私は意味がわからず眉をひそめた。

「え、どういう意味?」

私は尋ねるが、結弦くんはその問いには答えず、私をまた見つめてきた。ーーあの妖艶で見るもの全てを彼の魅力に引きずり込んでしまうような、笑みを浮かべて。

石化しそうになり、私は目を逸らせなくなってしまう。

そして結弦くんはその微笑みをたたえたまま、口を開いた。

「ねえ、。お願いがあるんだけど」

「な、何?」

彼に見とれていた私は、慌て気味に返事をする。

の写真がね、本当に気に入っちゃったんだ。今までのどんなカメラマンより、俺のことをきれいに撮ってくれている。たぶん、俺の小さい頃を知っているからなんだろうけど」

「……うん。ありがとう」

「だからさ、俺の写真をこれからも撮ってくれないかな? オリンピックが終わっても」

「ーーえ?」

結弦くんの、写真を? オリンピックが終わっても?

「俺はね、写真集を定期的に出すし、雑誌の表紙を飾る機会が多いんだ。その写真をどうしてもに撮ってもらいたくなった。だから、俺の専属のフォトグラファーになってほしいんだ」

ーー結弦くんの専属のフォトグラファー。

彼は世界一のフィギュアスケーター。シーズン中は世界中の大会に出場するし、オフシーズンもたくさんのアイスショーに出演するはずだ。

それ以外にも、各地のイベントや公式行事など、多忙な毎日を送っているだろう。

ということは、つまり。

「歩夢くんの、マネージャーは辞めないと無理だよね、それ」

「……まあそうなるね」

「それは……」

「でもさ、の本業はフォトグラファーなんでしょ? マネージャーはやりたい仕事ではないんじゃない? 俺と一緒なら、写真撮るだけでいいんだよ」

「………」

私は黙ってしまう。……写真を撮るだけでいい? 確かにフォトグラファー的に考えると、これ以上はないほどの魅力的な条件だ。それも世界一のフィギュアスケーター専属。彼を撮影したいと渇望している写真家は、世界中で数え切れないほどいそうだ。

ーーだけど。

「まあ、ちょっと考えてみてよ」

私が何か言う前に、結弦くんは食べ終えた食器が並んでいるトレイを持ち、立ち上がる。

「今度返事を聞きに来るから。ーーいい答えを期待してるよ。またね」

そしてそのままトレイを返却口に返し、食堂から出て行ってしまった。

1人で食堂から出ようとすると、たまたま食事をしていたらしい卓くんと会った。

しかし結弦くんに言われたことをしきりに考えていた私は、卓くんとは上の空で少しだけ話し、そのまま別れて部屋に戻った。


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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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