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2/8 平昌 選手村 No.5

 

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「小さい頃仙台にいたことがあって、その時にスケート教室に通ってたんだ」

選手村内のカフェで、俺たち6人は席に着いてそれぞれが注文した飲み物をすすっていた。ーー俺はいつも通り、ミネラルウォーターだが。

そしてが語り始めた、自身の昔話。ーー隣には羽生くん。俺はと向かい合わせになるような位置だった。

「そこで、ゆづお兄ちゃんに教わりながら、練習してたの。お兄ちゃんは優しくて、私懐いてたんだ」

「懐かしいね。練習の時は、いつも一緒にいた。お互いの家にも入り浸ってたね」

「あー、よくご飯食べたりしたね。そのまま泊まったり」

は嬉しそうに話す。俺は無言でミネラルウォーターを1口飲む。卓が俺の方をちらり、と見た気がした。

「でも、がいきなり引っ越しちゃうからびっくりしたよ」

「ーーごめん。家の親、転勤族で。引越しが分かった時、ゆずお兄ちゃんはスケートの遠征中で……お兄ちゃんが帰ってくる前に、引越しになっちゃったんだ」

「そうだったんだ」

2人は顔を見合わせながらしんみりと、しかしお互いに通じあってる者でしか持ち合えないような親密な空気を漂わせて、言った。

「へえー、そんなことがあったのかー」

來夢が呑気に言う。と羽生くんがただの昔なじみだと思っているのだろう。

たぶん違うよ、來夢。を見る、羽生くんの瞳。優しく妹を見るような目に一見見えるけど。

時々先鋭な光が宿る。に対しての燃えるような熱が垣間見える。

ーー俺と同じ匂いしかしない。

「でもさー、結構前からあんなに俺テレビに出てるのに。俺のこと覚えてないなんて、ひどいよー」

からかうように言う羽生くんに、は頭をかきながら、苦笑を浮かべた。

「あはは。ずっとゆづお兄ちゃんって読んでたから本名忘れちゃっててー。それにあんまり私テレビ見ないし……見てもまさか私と一緒に遊んでたお兄ちゃんが金メダリストだなんて、思いもしなかったから」

「そんなものかなあ。一緒にお風呂まで入った仲なのに」

…………。

ーーお風呂?

「お、ふ、ろおおおおお!?」

來夢の絶叫が響き渡る。隣の優斗が迷惑顔をした。

「來夢さん、相変わらず声でかいっす」

「だ、だ、だって! お風呂だぞ!? ちゃんとお風呂ーー!?」

優斗に言われて少しは声量を抑えたが、やはり興奮した様子で來夢は言った。

「え、だって入ったよねえ?

の顔を覗き込み、尋ねる羽生くん。するとは。

「こ、こ、子供の頃の! 話だから!」

ひどく恥ずかしそうに、首を激しく横に振りながら言った。

ーーああ、あの顔。イライラする。

俺以外のやつが、にあんな顔をさせるなんて。

「もう! なんていうか……! うやらましい! ずるいよ! 羽生くん!」

「えー? そんな事言われてもなあ」

來夢が身を乗り出して言うと、羽生くんは不敵な笑みを浮かべながら言う。ーーこの人、結構やり手だ。

すると來夢は「うぐく」と口の中で呻くと、の方を向いた。

ちゃん!」

「何?」

「今からでも遅くない! 俺と一緒にお風呂……」

「遅いわ」

「ちょっと……いやかなり引くっす來夢さん」

何が遅くないのかまったくわからない來夢に、卓と優斗が冷静なツッコミを入れると、羽生くんは「あはは」と爽やかに笑う。はいまだに顔を赤くしながら、少し視線を落としていた。

すると羽生くんはの顔を覗きこんで、こう言った。

「ところではここで何してるの? ハーフパイプの選手と仲がいいようだけど」

が羽生くんの方を向く。

「あ、マネージャーなの」

「え? ハーフパイプの選手達の?」

「ううん、歩夢くんの」

「平野くんの専属?」

「うん。本当はフォトグラファーなんだけど……まあいろいろあって」

「へえ、いろいろ、ね」

少し意味深に羽生くんは言った。一瞬俺の方を見たけれど、俺は気付かないふりをする。

すると羽生くんの携帯のアラームが鳴った。カフェに立てかけられる時計を見ると、時刻は18時になっていた。羽生くんは「あ」と小さく声を上げると、

「ちょっとこれから予定があったんだ。ごめん、もう俺行くね」

立ち上がりながら申し訳なさそうに言った。

「あ、そうなんだ……」

が言う、ーー残念そうに。

すると羽生くんはに向かって、氷上で見せる王子のような微笑みを向けた。

「また話そうよ。仙台から引っ越したあとのこととか、フォトグラファーのこととか、いろいろ聞きたいな」

「うん!」

嬉しそうにが頷く。すると羽生くんは、俺に向かってこう言った。

「平野くん、のことよろしくね」

ーー何がよろしくなのだろう。まるでが羽生くん側の人間のような言い方。とは昔馴染というだけで、それ以上でもそれ以下でもないはずなのに。

「……うん」

俺は表情を変えず、それだけ言った。すると羽生くんが一瞬鋭く俺を見た気がした。

ーー俺と羽生くんしか気づいていない、刹那の争いがそこにはあった。

そして羽生くんが去った後、残っていた飲み物を飲み干すと、俺達も席を立った。

「羽生くんと幼なじみなんてすごいっすね」

「いやー、別にすごくないよ。あ、ゆずお兄ちゃんはすごいけどね」

部屋へ歩いている間、優斗の問いにどこかうきうきで答える

優斗の隣では、來夢が「お風呂……ちゃんと……」とブツブツ遠い目をしながらぼやいていた(まあそれはどうでもいい)。

その少し後ろで、俺は卓と隣合って歩いていた。俺は何も喋る気にならず、唇を引き結んで少しうつむき加減で歩いていた。

ーーすると。

「……やばいんとちゃう、歩夢」

卓が俺の背中を軽く叩きながら、小声で言った。

ーー來夢やスコッティがに好意を寄せているが、別にそのことにそこまで焦ったことは無い。まあ、スコッティと二人きりになっていた時は多少狼狽したけれど、物理的に離れてしまえばほとんど気にならない。

だってそれは、が來夢やスコッティに友人としての好意はあるけれど、それ以上の特殊な感情を抱いていないと、予想できるから。これだけずっとを見ていれば、そんなこと簡単に検討がつく。

だけど、羽生くんに対しては。

昔、優しくしてもらった大好きな憧れのお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんが世界一のフィギュアスケーターとなり、オリンピックの選手村という稀有な場所での、運命的な再会。

明らかに、自分にとって特別な人間として、好意的な感情をは抱いている。

まだそれは、恋心といった感じではないかもしれない。今日再会したばかりだし。ーーそう思いたいっていうのはあるけれど、たぶん。

しかし羽生くんの方は。

ーー明らかに、に女としての好意を抱いている。同じ感情をに対して持っている俺は、見ればわかるのだ。

懐いていたお兄ちゃんが、世界一のアスリートで自分のことを好いていると知ったら。の心があちら側に流されてしまうのではないだろうか。

「さあ、知らない」

内に渦巻いている嫉妬やら苛立ちやら不安をどう表現したらいいか分からず、俺は卓にそれだけしか、言えなかった。


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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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