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2/8 平昌 選手村 No.3

 

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ーーあー! 急がなきゃー! 終わっちゃう!

歩夢くんの練習のサポートをしてから、一足先に選手村に戻ってマネージャー業の雑務を終えた私は、選手村の廊下を走っていた。

すぐ近くの、フィギュアスケートの会場で日本人選手が練習をしているので、どうしても撮影がしたかったからだ。

歩夢くんとはマネージャーと通訳という関係で契約しているけど、空いた時間は自由にフォトグラファーとして活動することを許されている。私が死ぬほど写真に愛を抱いていることへ対しての、彼の優しさだろう。

だけど、それはマネージャー業と通訳をこなした上でのことだ。もちろん、歩夢くんからちゃんと給料をもらっているので、それは当然のこと。

だから急いで仕事をこなしてフィギュアスケートの写真を撮りに行きたかったのだけれど、慣れない作業なので、練習はもう終わっているかもしれない時間になってしまった。

せっかくフリーカメラマンとして会場の出入りが許されているというのに。

それは、私がXゲームで撮影した歩夢くんや來夢くん、友基くんの写真がありがたいことに高評価を得られたお陰だった。私の写真は報道各社にそれなりに売れ、ネットニュースや新聞に掲載された。

そういうわけで、フリーカメラマンとしての会場のパスを手に入れられたのだけど。

ーーせっかくのチャンス、間に合わないかも……。

しかし機会を逃したくない私は諦めずに走る。そして廊下の曲がり角に差し掛かった時ーー。

「きゃっ……!?」

私はなにかにぶつかり、よろけて尻もちを着いてしまった。反射的にお尻をさすると、視線の先に誰かの足が見えた。

わ、誰かにぶつかっちゃったんだ。

「す、すいません!」

私は顔を上げて焦りながら謝罪する。すると、その人物は私に手を差し伸べながら、こう言った。

「大丈夫? ごめんね」

ーーえ、この声。

私は声の主の顔を見る。

それは、私が今しがたまで練習風景を撮影しに行こうと思っていた、フィギュアスケートの選手。日本中が金メダルを期待している、氷上のプリンス。

そうーー羽生結弦だ。

羽生結弦のことはもちろん知っていた。あれだけテレビやネットで報道されれば、嫌でも認知してしまう。

私は驚いていた。それは、テレビの中の羽生結弦がここにいた事に対してーーではなかった。

「…………!?」

彼は私の顔を凝視して、驚いたように言った。

ーーああ。やっぱり。

彼が出演する映像は何度も見たが,無機質な画面を通してじゃ、私の記憶は全く呼び覚まされなかった。頭の中で、羽生結弦=あの人ということを、微塵も思っていなかったせいもあったかもしれない。

しかし、今朝歩夢くんの口から直接「羽生結弦」という音を聞いた時に、私は懐かしさを覚えた。

だけどもう、10年以上前のことだ。それだけじゃ、私の記憶は復活しなかった。

でも、変わっていない彼の姿かたちを生で見ることで、私の記憶は一瞬で蘇った。私を優しく見るその目。柔らかな語り口。日本人とは思えない、すらりと伸びた手足。ーーそして、本当に王子のような優美な眼差し。

「ゆづ……お兄ちゃん……」

私は差し伸べた手を取り、立ち上がりながら言った。

幼少のころに慕ったかつての彼の呼び名を、噛み締めるように言いながら。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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