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2/8 平昌 ハーフパイプ会場 No.2

 

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少し離れたところで大きな歓声が聞こえて、スコッティは口を噤んだ。私も驚いて、歓声がした方を向く。

見ると、オフホワイトのウェアを着た大柄の選手が、次々にトリックを決めていた。

「すごい……!」

思わず声を漏らす。素人の私が見ても彼がほかの選手とは一線を凌駕する実力の持ち主だとわかる。

繊細で美しい歩夢くんとはまた違う、ダイナミックで荒々しい、迫力のある滑り。力でねじ伏せるようなメイクの仕方は、見るものを圧倒させる。

「That isShaun.(ショーンだね)」

スコッティの呟きに、傍らの歩夢くんから緊張が走った気がした。

あれが、ショーン・ホワイトか。2大会連続の金メダリスト、スノーボード界のレジェンド的存在。

そして、歩夢くんの最大最強のライバル。

少し前までハーフパイプのことなんて全く知らなかった私だったが、歩夢くんのマネージャーになってからそれなりに勉強したので、一応ショーンがどんな存在かは知っていた。

だけど、間近で彼のRUNを見たのは初めてだ。やはり、タブレットやスマホの画面を通して見るのとは、迫力が全く違う。

「It's not good. I have to go soon. Official practice has begun.(あ、やばい。僕はそろそろ行かないと。公式練習が始まるんだ)」

私がショーンに気を取られていると、スコッティはそう言い残し、さっさと言ってしまった。私が「See you.」と手を振ると、彼は背を向けたまま後ろ手で手を振り返した。

そして滑り終えたショーンは、私たちとは少し離れた箇所で、アメリカのコーチやらほかの選手と思われる人物と談笑していた。しかし、ふっとこちらに視線を向ける。

歩夢くんの存在に気づいたようだった。歩夢くんが少し身構えた気がした。ーーすると。

「Ayumu----!」

ショーンが叫びながら、嬉しそうにこちらに走ってきた。私がそのテンションに驚いている間に、突進してきたショーンはそのまま歩夢くんに抱きつく。

「Ayumu---! You had come today! You should have taught me!(歩夢ーー! 今日いたのか! 教えてくれよー!)」

「……Is painful.Shaun(……痛い。ショーン)」

嬉しそうに歩夢くんをハグするショーンとは対照的に、歩夢くんは冷めた声で言う。

ーーえーと……?

私が困っていると、來夢が苦笑を浮かべなから状況を説明し出した。

「ショーン、いつもああなのよ。ライバルだけど、歩夢の滑りが好きで、後継者は歩夢しかいない!って言ってるから」

「へ、へえ」

「歩夢のことを小さい頃から見てるからね、ショーンは。まあ息子みたいに思ってるんじゃない?」

そうなんだ。ライバルっていうから、もっとピリピリしてるのかと思ったわ。

ハグに気が済んだのか、ショーンはやっと歩夢くんを解放した。

「Do not hug me every time.(毎回、いちいち抱きつくのはやめてよ)」

「It's fine, is not it. Because I'm happy to see you.(いいじゃないか、会えて嬉しいんだから)」

「So(ああ、そう)」

ニコニコ顔のショーンに、歩夢くんはだるそうに言う。まあ、歩夢くんも本気で嫌がっているわけではなさそうだ。

そしてショーンがこちらに視線を向けた。彼は私と來夢くんの存在に気づいたようだった。

「Oh, Raibu also practiced together.(お、來夢も練習してたのか)」

「I'm in a groove.(おう。調子いいわ)」

「It is fun. Let's do our best each other.(それは楽しみだ。お互いにベストを尽くそう)」

ショーンの言葉に、3人が一瞬勝負師の鋭い目付きをした。ーーこういった瞬間のアスリートの尖鋭な眼差しは、本当にかっこいい。

そして、ショーンは私に視線を移した。

「Whoa, you ...(あれ、君は……)」

そう言いながら、ショーンは私をマジマジと見つめてきた。上から下まで、ふむふむと観察するように。嫌な視線じゃなかったけど、なんだろう?と不思議になる。

そしてショーンは、納得したかのような顔をして、歩夢くんの背中をぽんぽんと叩いた。

「Ayumu.Don't be so secretive.(なんだ、歩夢。みずくさいよ)」

「What?(は? 何が)」

「You ought to say so if you got married. The cute girl there is your wife.(結婚したならそう言ってくれよ。奥さんだろ、そこのキュートな子)」

……………。

しばしの静寂が場を支配した。私はその間、ショーンの言っている意味がわからず硬直することしかなかった。

ーーって。

ぇぇえええ!? け、けっこん!? 奥さん!? な、な、なんでよ!?

混乱して声を出せずにいる私だったが、その静寂を壊したのは、來夢くんだった。

「What is Shaun saying!? She is not like that. Why does not she think she is next to me, but is my wife!?(何言ってんだショーン! この子はそんなんじゃなーーい! だいたいなんで俺の横にいるのに俺の嫁だと思わないんだ!)」

前半は同意だけど後半はよくわからない主張をする來夢くん。するとショーンは首をかしげて、さもありなんという口調でこう言った。

「Huh? I can tell by looking at it.(え? それは見ればわかるよ)」

「Why! She is my ……(なんでじゃ! は俺の……)」

「Wow. You are . Nice to meet you.(へー、って言うんだね。よろしくね)」

喚く來夢くんをスルーし、そう言うショーンは、私に握手を求めた。

「Ah, yes. Thank you……(あ、はい。よろしくお願いします……)」

私は戸惑いながらも手を出して握手に応じる。

「It is boring. She is not a wife of Ayumu.(なんだ。奥さんじゃないんだね)」

「Ah. For now it is not.(まあ今のところは)」

ショーンの言葉に歩夢くんが淡々と答える。

ーーって。

「歩夢! なんだそれはー! 今のところはって! いつかはそうなるみたいな!」

「Wow. Well, after all I knew that would be the case. Please invite me at the wedding.(へー、じゃあやっぱりいずれそうなるんだね。式には呼んでくれよ)」

「OK」

歩夢くんもショーンも來夢くんを見事にスルーし、勝手に話を進める。

私は言葉が出ず、口をぱくぱくさせてしまう。

「Oh, then it is time for me to go. See you again, Ayumu, Raibu, and (あ、じゃあそろそろ僕は行くよ、またねー、歩夢に來夢、そして)」

「See You.」

騒ぐ來夢くんや固まっている私の存在などまるで気づかないように、2人は平静な態度で挨拶を交わした。

「Wait! Shaun! You are misunderstanding!(待てー! ショーン! 勘違いしてるぞー!!)」

そんなショーンを追いかける來夢くん。どうやら誤解を解こうとしてくれているらしい。しかし身体の大きいショーンの歩みは早く、來夢くんは必死に追いかけ、私たちとは距離ができる。

ショーンと來夢くんが少し離れて、やっと私は緊張が少しだけ解けた。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとあ、あ、歩夢くん!」

私は歩夢くんのウェアの袖を掴む。焦って呂律が回らない。

「ん? なに?」

歩夢くんはなぜか満面の笑みを浮かべて、首を傾げた。

「さ、さ、さっきの!! な、なに! な、なんで!」

「いいじゃん別に。ただの冗談だよ」

「じょ、冗談って! も、もう、なんで、あんなこと……」

「……なんでって。そんなの決まってんじゃん」

歩夢くんはそこまで言うと、私に近づいて顔を覗きこんだ。そして私の頭にぽん、と手を乗せたかと思うと、そのまま髪の毛を撫でながら、楽しそうに、そしてどこか色気のある声で、こう言った。

がおもしろくて……かわいいから」

至近距離で見つめる彼の眼光が鋭くて、私は射抜かれそうになる。自分の耳が焼けるように赤くなるのを感じた。私は声を発することができず、どうしようもなくなって俯く。

「あ、じゃまた俺も滑ってくるわ」

そして歩夢くんは、そんな私など気にもとめず、いつもの調子でクールにそう言うと、私から離れて言ってしまった。

ーーも、もう! いつもなんなんだよー! 人をからかって! 私がいちいち反応するのが悪いのか!?

でも、あんなきれいな瞳で見つめられて、低くて色っぽい声であんなこと言われたら、どうしても平常心じゃいられなくなってしまう。

1人残された私は、体の火照りを冷ますのにしばらくの間必死だった。平昌は芯まで冷える寒さなはずなのに、何でこんなに熱くなってるんだろう、私。


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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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