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2/8 平昌 選手村 No.2

 

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「あ、そういえば歩夢くん。ご飯まだだよね?」

「うん」

「私もまだなんだ。一緒に食べようよ」

「いいよ」

そんなもんもちろんOKだ。

「俺は食い終わったから先戻っとるね。ごゆっくり〜」

そう言いながら、卓は食器が乗っているトレイを持ち、席を立った。

「うん」

「今日から練習やね。キバるで」

卓の言葉に俺は頷く。ーーそう、今日から本番の会場で練習が始まる。パイプの調子を見極めての調整だ。

極限まで精神を集中させて行わなければならない。金メダルを取るために。

「ビュッフェ形式だよ。あっちで並んで好きなの取るみたい」

卓がいなくなった後、が食材が置いてあるビュッフェ台の方を指さして言った。うん、と頷き、俺が立ち上がって歩み始めると、が後ろから着いてきた。

「選手村、当たり前だけどいろんな人種の人がいるねー。オリンピックって感じ。わくわくする」

トレイの上に載せた皿に、ウィンナーとスクランブルエッグを載せながらは言う。

そう言うの後ろには、どこかの国の選手だろうか、服の上からでも分かるような締まった筋肉の鎧を着ている、恵体の欧米人が並んでいた。

「そうだね。やっぱり普通の大会とは雰囲気が違うわ」

「ふーん、そうなんだ。さすがの歩夢くんでもオリンピックはちょっと違うのかな」

「まあね。4年に1度だし、メディアの注目度も段違いだよ」 「なるほど。あ、そういえばさ。今朝はやたら日本のメディアの人たち目立つね。何かあるのかな?」

がライスを皿に綺麗に盛り付けながら言った。さっきパンも取っていたのに、米も食うんだな。そういえば、Xゲームのときもよく食べていた気がする。

「ああ、それは今日あの人が現地入りするからでしょ」

「あの人?」

「羽生結弦くん。フィギュアの」

俺がそう言うと、のご飯を盛り付けている手が止まった。どうしたんだろう?俺はの顔を覗き込む。

「羽生……結弦……?」

誰に言ったわけでもないように呟いたの目線は、遠くの何かを見ているようだった。

「知らないの? 羽生くんのこと」

そんなの様子に俺は眉をひそめて尋ねた。

するとははっとしたような表情をすると、俺に向かって笑みを作ってこう言った。

「まさかー、さすがに知ってるよ」

俺の事は知らなかったのに。ちょっと嫉妬。まあ向こうは金メダリストでスーパースターだし、国民の注目度が段違いなので仕方ないか。スノーボードはいまだにマイナー競技だしな。

「……でも」

「ん?」

「羽生、結弦……なんか改めて音にして聞くと……もっと身近なところで………聞いたことがあるような……?」

「ーーえ?」

「Sorry, can you proceed.(すいません、進んでくれませんか)」

不意にの後ろに並んでいた男性が、少し不機嫌そうに言った。がビュッフェ台の真ん中で止まってしまったので、列が詰まっているようだ。

するとは慌てて、

「Oh, sorry, sorry, I will go soon!(ああー! すいませんすいません、すぐ行きます!)」

そう言い、ご飯を適当に盛り付けて進み始めた。

その後は、「羽生結弦」というに対して自分が妙な反応をしたことを忘れてしまったのか、いつもの調子だった。

だから俺も特に気にはとめず、朝食を食べている間にの反応など忘失してしまった。

ーー後から思えばこの時から、その予兆はあったのだ。だけどこの時の俺はまだ知る由もない。

“ もたもたしてるうちに誰かに取られんようにな

その卓の言葉が、現実の恐怖として俺の身に振りかかってくるなんて。


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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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