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2/8 平昌 選手村 No.1

 

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歩夢side

朝起きると卓の姿はすでになく、俺は寝ぼけ眼でスマホを見た。

【卓:先に食堂行ってんでー】

LINEにあったメッセージ。届いた時間は、ほんの数分前だ。

今から行けば、一緒に食えるかな。まあ、食べ終わっていたらそれはそれでいっか。

俺は簡単に身支度をし、部屋から出て食堂へ向かう。道中で、昨日のことを思い出しながら。

ーー昨日、俺がに抱きついているのを卓に見られてしまったあと。

「なんか、えらい慎重やね。ボードは強気な癖に。同じやつとは思われへんし」

あんな姿を見られては、言い逃れは難しそうだったし、鋭い卓はすでに勝手に色々思っているようだったので、俺は自分との状況を卓に説明したんだ。

あんまり、自分の色恋沙汰など人には言いたくないのだが。まあ、ここまで知られてしまったらしょうがない。

そうしたら、呆れ顔でそう言われてしまった。

「……悪かったね」

俺が仏頂面になると、卓は少し笑ってこう言った。

「まあ、歩夢今までモテモテで自分からアタックするとかなんだやろ。今回どうしたらええのかわかれへんのちゃう?」

さすが卓。友基と一緒で、俺のことをよくわかっている。

「……うん」

「それでも抱きついたりちょっかい出したりできんのは、天然のモテ男やね、歩夢は」

「そうかな……?」

それはよくわからなかったけれど。

「難しいこと考えずに、好きなら好きって言うたらええのに。まどろっこしいわ」

「……まあ、そうだね」

俺は煮え切らない返事をした。

ーー本当にが欲しくてたまらなくて。少し密室で一緒になっただけで、あのザマだ。

だけど少し冷静になると、自分の欲望よりもを失ってしまうかもしれない恐怖の方が圧勝してしまう。

だから結局、現状維持でいこうという結論になってしまうんだ。

俺が顔をしかめて悩んでいると、卓は柔らかく笑い、こう言った。

「ま、歩夢の好きなようにしたらええんちゃうの。俺はあたたかーく見守っとく。フォローが必要そうな時は勝手にやらせてもらうわ」

冗談っぽい口調だったが、俺の中のモヤモヤが卓の言葉で少し緩和される。卓はいつも、俺にとって頼れる兄貴のような存在だった。

「まー、でも心配やね」

「え?」

すると卓は、ちょっと真剣な表情になり、俺にこう告げた。

、いい子そうだしかわいいし。もたもたしてるうちに誰かに取られへんようにね」

誰かに取られる、か。

想像しただけで押し潰されそうになる絶望感が胸に沸いてくる。生きた心地がしない。

もしが誰かのものになってしまったら。まだそんな誰かなんて存在しないのにも関わらず、想像上のその誰かに対してドス黒い感情が生まれる。

「……そうなる前には、なんとかしたいね」

俺が低い声でそう言うと、卓は「きばってね」と軽い口調で返した。





ーーこれが昨日の夜の話。

卓に言われたことを胸の内で反芻する度、“ を奪ってしまうかもしれない誰か”の出現による不安が、俺の中で膨らんでしまう。

だけど、今考えてもどうしようもない。とりあえず、まだ食堂にいるらしい卓のところに行こうと、俺は歩いていた。

食堂に着くと、卓が椅子に座って何かを食べているのが見えた。そして隣に誰かが座っているのも分かった。

ーーだった。

近寄ってみると、2人の会話が聞こえてきて、俺は彼らに気付かれないうちに立ち止まった。

「本当やって」

「えー、何それ」

「せやから、本当やねん。歩夢はああ見えて寂しがり屋やねん。だから温もりが欲しくて昨日は抱きついてしもたんや。別に変な意味はないねん」

「あー……そういえば充電とか言ってたけど、寂しさを紛らわす意味だったのかな」

と、いう二人の会話。

ーーってなんだよそれおい。

も納得するんじゃないっての。

「……ねえ、ちょっと」

俺はずかずかと歩き、卓の傍らに立つ。

「おー! 歩夢おはよー」

「あ……歩夢くん、おはよ……」

すると至って平然と朝の挨拶をする卓と、昨日のことを思い出したのか、ちょっと顔を赤らめながら挨拶をしてくれる

あ、昨日のこと恥ずかしがってはいるけど、別に怒ってないみたいだ。よかった。……じゃ、なかった。

「卓、ちょっと」

「んー?」

俺は卓を立ち上がらせ、ちょっと離れて低い声でこう問う。

「ちょっとなんなの、さっきのに話してたあれ」

すると卓は俺の不機嫌そうな声など気づかないかのように、こう答えた。

「だから、フォローするって言うたやん。たまたまがいて、昨日のこと気にしとったからうまいこと言ったねん」

「でもあれじゃ、まるで俺が……」

「大丈夫やって」

何が大丈夫なんだ、と俺が思っていると。

「あの……歩夢くん!」

が椅子から立ち上がり、意を決したように俺の名を呼んだ。

、何……?」

「私……その、が、頑張るから!」

「え?」

「やっぱり、まだ10代だし……海外生活ばっかりじゃ、心細くなったりするよね。……昨日みたいなことがあっても……歩夢くんを支えられるように、マネージャーとして、頑張ります!」

卓の言葉を自分の中で噛み砕いたらしいは、俺によくわからない決意表明をする。

「え……あ、うん」

ーーつまりそれって。

またなんかの拍子に抱きついても、にとっては不都合はないということなんだろうか。

の隣にいた卓は俺に親指を立て、不敵に笑った。ーーほらな、とでも言いたげな表情。

状況を理解した俺は、卓に向かって笑みを返した。

寂しがり屋と思われてしまったことは男として不本意だが、うまいこと昨日のことをは追求されずにすみそうだし、何より今後ハグOKとなると、俺は卓に感謝するしかない。

まあ、でもあんなん自分を抑えられなくなる可能性が非常に高いので、できるだけ我慢しよう。……できるだけ。できたら。できたらいいな。


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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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