2/7 平昌 選手村
- 2018/04/18
- 09:10
Your name
中庭にあるマスコットの像や、宿舎までの木でできた道をは撮影しながら歩いていたが、「昼間にまた撮りたいな〜」と独りごちていた。
宿舎の中には食堂はもちろんのこと、トレーニング施設やゲームコーナー、美容院やネイルサロンまであると聞いたが、今日はそれらを見て回る時間はなさそうだ。
まあ、明日からも俺たちは練習に明け暮れなければならないので、あまり選手村の施設を楽しむ余裕はないのだが。
自分の部屋につき、オリンピック指定のジャージに着替えてとりあえずベッドの上に寝転びくつろぐ俺。卓と相部屋だった。來夢は優斗と相部屋で、は他に女性のスタッフがいないため個室だ。
の部屋の場所は俺の部屋の隣。その方がマネージャー業もやりやすいだろう。
「あー、歩夢。俺コーチと話すことあったから行ってくるわ。ちょい時間かかるかもしれん」
「うん」
そう言うと、卓は部屋を出ていってしまった。
ーー休んでばっかじゃダメだよな。
俺はベッドから降りると、ジャージの上着を脱ぎ、Tシャツ姿になった。そして床に座り、腹筋を始めた。
ーーとうとう来たんだ、4年に一度のオリンピックの舞台に。
この4年間、あらゆるものを犠牲にして、嫌なこと、興味のないことにも向き合わなきゃなくて。振り返ってみれば、9割9分が辛い時間だったと思う。
でもすべては、この舞台のため。小さい頃から念願の、金メダルを取るため。表彰台の1番高いところに登るため。
そのためだけに、俺は生きてきたんだ。
絶対に取る。この手で掴み取る。逃すものか。俺は改めて心に決意を深く刻む。ーーすると。
部屋の呼び鈴が鳴る。俺は床から飛び起きて、ドアの覗き穴から外を見た。
外にいたのはだったので、俺はすぐに扉を開ける。
「どしたの」
「歩夢くん。テレビの取材について、ちょっと聞きたいことがあって」
タブレットをいじりながらは言った。俺のスケジュールを管理している端末。
マネージャーなんてやったことがないから不安、と言っていただったが、真面目な性格のためかちゃんと仕事をこなしていた。 まだ日は浅いけれど、大きな失敗はないし、俺が特に困ったことはない。
「とりあえず中入る?」
「うん」
俺がそう言うと、は画面を見ながら部屋に入ってきた。そして部屋をちらりと見渡し、
「あれ、卓くんは?」
俺に尋ねた。
「コーチんとこ行ったよ」
「ふーん」
言いながら、はベットの傍らで立ちながらタブレットの画面を指でスワイプしている。
ーーあれ。
卓は今いない。それも少し時間がかかると言っていた。
つまり、しばらくの間二人っきりということだ。しかも密室で。
「あれー、どこだっけかな」
は俺の思惑など何も知らずに、のんびりと言う。小さな背中。被っているビーニーからはみ出るサラサラの髪。
白く細い首筋が、髪の隙間から覗く。
ーー一週間ぶりに会えた。たった1週間なのに、その前の期間が濃密だったせいか、俺の中の成分は、枯渇寸前だった。
あー、もう無理。なんでこんな無防備なの、この子。
たまらない、もう。
俺はの背後から近づくと、後ろから抱きしめた。深いことは考えられない。そうしたくて、しょうがなかった。
はビクッと体を震わせた
「……え!? あ、歩夢くん!? な、なに!?」
「充電」
「じゅ……!? な、な、なん……」
混乱して逃れようとするだったが、俺はきつく抱きしめてそれを許さない。
ーーあーあ。もうこんなことに。やっぱ無理だわ、マネージャーとか通訳とか、そういう事務的な関係。
もうどうなってもいいかな、ととんでもないことを思って、そのままベットに押し倒そうとした俺だったが。
突然部屋の扉が開く音がした。はっとしたが、予想していない事態に俺はそのまま固まってしまう。
扉を開けた主は、卓だった。
「コーチいなんだ。明日にし……」
軽い口調でそう言いながら室内に入った卓だったが、俺たちの状況を見て硬直し、目をしばたたせながら俺たちを凝視した。しばしの間、静寂が場を支配する。
しかしその後卓は、いつもの少し怠そうな顔をして、いつもの落ち着いた様子で、こう言った。
「やっぱりできとるんやね、二人。ま、練習と本番ちゃんとやるならあとは自由やと思うで」
その言葉が終わって数瞬後、いつの間にやら緩んでいた俺の腕から、が勢いよく脱出した。ーーそして。
「で、で、できてなーい!!」
と叫びながら、ダッシュで部屋から出ていってしまった。そして聞こえる、隣の部屋のドアが乱暴に閉まる音。
ーーやっべさすがに調子に乗りすぎたかな。
俺は1人で苦笑を浮かべたが、そんな俺を無言でじっと見てる卓にすぐに気づく。
なんか言わなきゃ、と思い口を開く。そんな俺から出た言葉は。
「しょうがないじゃん、俺だって男なんだし」
なんていう、よくわからない言い訳。
「せやなあ」
しかし卓は心底納得したような表情で、深く頷いた。
※おまけ
歩夢くんに「充電」っ言われた時のちゃんの脳内。
充電……?私って電池だっけ?充電器?コンセント?っていうか歩夢くんって充電が必要な物体なの?精密機器?電子製品?ロボット?あ、だからあんなにきれいに飛べるのか……いやいや違うでしょ、つーか何この状況抱きつかれてるじゃん私、わ、歩夢くんの腕筋肉すごいなあ、って違うわなんなんだうわああああ
ってところで卓くんが部屋に入ってくる。
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