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1/28 コロラド州 アスペン Xゲーム会場 No.4

 

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歩夢くんの3本目のRUN。

後でその時の映像を見返したら、ドロップインからドロップアウトまで、約35秒。

そう、たったの35秒だ。

35秒で、普段の生活の中で一体何が出来るだろう。そんな短い時間じゃ、お風呂も入れないしご飯だって食べ終われない。トイレならもしかしたら済ませられるかな?いや、手を洗ったりする時間を考えると無理か。

35秒とは、それほどまでに短い時間なのだ。

ーーでも私はそのたった35秒に。

これからの人生を、大きく変えられてしまうことになる。





私は2本目のRUNを見ていた時とは違い、パイプの頂上より上の、競技をする前の選手がスタンバイしているゾーンにいた。

下から見るのと上から見るのでは、全然違うような景色が見えるかも、と思ったからだ。

私の傍らに立つ歩夢くんが、モンスタエナジーのロゴが入ったメットを被り、黄色とオレンジのグラデーションになっているゴーグルを装着した。

「行ってらっしゃい」

私は拳を歩夢くんに向ける。

すると、歩夢くんも手のひらをグーの形にし、私のそれとタッチをした。

「攻めてくるわ」

そしてゴーグルを微調整し、ベージュのグローブをはめる。

ーーこの時点ですでに、私は彼の気迫を肌で感じていた。1本目と2本目も練習の時とは身の入れ方が違っているように見えたけれど。

3本目は、歩夢くんから先鋭な気が段違いに滲み出ていた。刃のように研ぎ澄まされた集中力。ゴーグルの奥からでも感じられる、生命の鼓動。

グータッチした時の彼の手からも、それらが私に流れ込んできて、身震いしそうになるくらい心臓の鼓動の音が大きくなる。

呼吸が苦しくなったが、私は唾を飲んで、必死に歩夢くんを凝視する。

ーー何かが、起こる。確信めいた予感が頭をよぎる。

そして歩夢くんはボードを走らせ、パイプにドロップインした。

ーーそこからは、もう本当に息もできないくらいに、私は感動に打ち震えた。

やはり最初はバックサイドのインディエアー。今日一での飛距離に見えた。闇夜の空の中、照明に照らされた、黒いウェアの少年が、華麗に空を飛ぶ。

文字通り、彼は飛んでいた。

ーー人間って、空を飛ぶことが出来るんだ。

私の常識を歩夢くんは簡単にぶち壊す。

そして、そこから。そこからだった。

私の中の世界が、大きく変えさせられたのは。

ーーフロントサイドダブルコーク1440。

華麗に無駄のない動きで、空を味方につけて歩夢くんは空中で回転する。

そしてすとん、という柔らかな音での着地。全身に相当の重力がかかっているはずなのに、鳥が羽を休めるかのようなソフトな感触にしか見えない。

暇さえあれば、体が動かなくなるほどまでに腹筋している、彼の努力の証明。

そして、次に。

ーーキャブダブルコーク1440。

4回転の連続技。ルーティーンに1度入れるだけでも、凄技の4回転。彼は連続でそれを、軽々と見えるようにやってのけた。

私の中の鼓動が、爆発しそうなくらいに早くなる。思わず立ちくらみがする。すでに写真どころではなかった。構えていたはずのカメラは、いつの間にか私の両の手から離れ、首からただ下げられているだけだった。

ーー耐えろ。歩夢くんは命懸けでやっている。それを見ないでどうするんだ。

必死で倒れるのはこらえたが、体中が熱くなり、少しふらついた。

だってあまりにも。ーーあまりにも暗闇の中で縦横無尽に空をかける歩夢くんは。

絶望的なくらいに。恐ろしいくらいに。

ーー美しかったのだ。

文字通り命をかけているから。命を削っているから。よく考えれば、5m以上ーービルの数階に匹敵する高さを、彼は飛んでいるのだ。

少しタイミングを誤っただけで、いつ命を落としてもおかしくない高さ。あまりにも軽々と彼がこなしてしまうから、おそらく観客の誰もがその危険を失念してしまっている。

そんな決死の1440は、あまりにも儚くて、だけど力強くて……荘厳で。

あんなに生き急いで、彼がどこかに消えてしまうのではないかと、不安で押しつぶされそうになるほどだった。

本当に目の前で現実に繰り広げられている光景なのだろうかと、私は半信半疑にすらなった。

4回転の連続技は、前代未聞。地球上で、人類史上初めて、それを成功させた、歩夢くん。

その後も、フロントサイドダブルコーク1260、バックサイドダブルコーク1260を美しく決めて、フィニッシュした。

3本目のRUNを終えた歩夢くんを、私はハーフパイプのスタート位置から見下ろしていた。

私はすぐにはっとして、その場から離れ、パイプ沿いにリップの上をただ、走る。飛び上がり、歓声をあげて興奮する観客達を、何人もすり抜けて。

走っている間に、スコアボードに点数が表示されたのが横目で見えた。

『99.00 』

表示された瞬間、どよめきがいっそう大きくなったのがわかった。

だけど私には点数などどうでもよかった。大会の結果ですら、私には大したことではなかった。

私には、ただただ彼に伝えたいことがあった。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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