1/26 コロラド州 アスペン 林中 No,5
- 2018/04/07
- 09:23
Your name
「……ごめんね」
「何が?」
背中越しに弱々しい声で が言うので、俺は少しだけ顔を傾けて、彼女に問う。
あの後、 は力が抜けたままで歩くとふらふらしてしまうので、俺は彼女を負ぶさってコテージに戻ることにしたのだ。
ちなみに他のみんなには、 が無事だったことは連絡済みだ。もうコテージに戻っているだろう。スコッティは自分のホテルへ帰っているかもしれない。
「明後日大会なのに。こんな迷惑かけちゃって。負担かけちゃって」
「ーー別に。これくらいなんともないよ」
それは本当だった。 を探し回った時間は30分も満たなかったし、その上でこの場所から体重の軽い を運んだところで身体的な負担など無いに等しい。
ーーというか。
背中に感じる温かく、柔らかな感触。時々鼻腔を掠める、彼女のいい匂い。
「ーーむしろ至福の瞬間だわ」
思わずぼそりと呟いてしまう。
「ーーえ?」
「いやなんでもない」
がそれに反応してきたので、俺は慌てて否定した。
「しっかし本当に危なっかしいなあ、 は」
俺は茶化すように言う。だって は気づいていないかもしれないけど、スコッティの時だってギリギリだったんだぞ。
「ーーごめん」
すると は心底申し訳なさそうに言った。そしてこう続ける。
「よく危ない目に遭うから、正直麻痺してるんだと思う」
「ーーえ。よく遭うの?」
「1人で旅してるとね。まあ日本人ってだけで舐められるし。それもこんなガキみたいな女じゃね」
は自嘲的に言う。
理解出来る部分が少しーーいや、かなりあった。
スノーボードの世界はアメリカ至上主義。俺たち日本人は、そこそこいい演技をしても嘘のように低い点数しか出ない。
認められるには、周りを圧倒させるような、こいつ、何者だ?と思わせるRUNをするしかないのだ。
「ーーねえ。どうしてさあ。そんな危ない目に遭ってまで……」
「写真を撮るのかって?」
俺が言おうとした言葉を、 は先回りして言った。
「一応ね、何度か写真で賞を貰ったことがあるんだ」
「ーーうん」
それは俺を撮影した の写真を見れば、素人目でも分かる。 にはフォトグラファーとして才能があることは間違いないだろう。
「でもね、まだまだ。全然まだ。ーー私は自分がこれだ!って思える写真が撮れてない」
「……そうなんだ」
「だからまだ全然足りない。もっと努力しないと。……命を懸けないと。そこに被写体があるなら、怖いなんて言ってられない。いつか死ぬかもしれない。ーーそれでもやるって決めた」
「………」
あまりにあっさりそんなことを言うので、俺は黙ってしまった。
「人間は息を吸わないと生きていけないようにできている。それと同じ。私は写真を撮らないと生きていけないの。最高の瞬間を永遠のものにするまでは、どんな目に遭ってもやり続ける。ーーそういう風に、私はできている」
重みのある の言葉。俺の中に彼女の強い意志が深く刻まれる。
ーーああ、もう無理だ。
に対する気持ちを誤魔化すのは。
俺はこの子のことが、どうしようもないくらい好きになってしまった。
が気になってしまう理由を、最近女の子と関わってないからだとか、今までにいないタイプだから新鮮だからとか。そういう理由をつけて、自分の気持ちを押し込めるのに必死だった。
でも無理だ。もう、溢れ出す への気持ちを、閉じ込めておくのは。
ーーだけど君は、きっと俺のものにはならない。
だって君は、そういうふうにできているから。
命に関わる怪我をしても、ほかの全てを犠牲にしても、俺が4回転に挑むことをやめられないのと同じ。
俺は、そういうふうにできている。
できれば捕まえて、閉じ込めて、どこに行くにも連れて行って。ほかの男には指一本触れさせないように。俺だけのものにしたいと思う。
でも君はそんなことを受け入れる子じゃない。そして俺は、それを受け入れてしまうような子なら、好きになっていないのだ。ーー矛盾しているけれど。
ジャンルは違うとしても、全てを捨てて、ある1つのことに命をかけている者同士として。俺は彼女に、魂の奥底から本能的に惹かれてしまったのだ。
ーーどうしてあの時。初めて空港で出会った時。俺は を連れ帰ってきてしまったのだろう。
もし、あの時別れていたら? ーーいや。
無理だ。だってきっと、俺は一目君を見た瞬間からーー。
好きだって素直に認めた瞬間に、絶対に手に入らないものだと気づく。ーーなんてこった。俺は前世でよっぽど悪いことでもしたのだろうか。
笑える。
「ーーでも、もうちょい気をつけてくれないかな」
俺は軽く笑いながら言った。
「……努力……したい。いやします」
すると は、少し緊張がほぐれたようで、ちょっとふざけてそう返した。
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