1/20,コロラド州 アスペン空港 no5
- 2018/03/19
- 16:34
「早めに警察に行かないとねー、大使館も行かないと…あーめんどくさい。あ、大会頑張ってね!それにしても取材されるなんて、君ってもしかしてすごいスノーボーダーなの?」
彼女の言葉は頭にほとんど入らなかった。……このままでは行ってしまう。なんで俺はこんなに焦っているんだ。たった数分話しただけの、名前も知らない女に。
背を向けようとした彼女に、努めて落ち着いた口調を心がけて俺は言った。
「…あのさ」
「ん?」
彼女は首をかしげながら振り返る。…その不躾で真っ直ぐな目線は、猫のように魅力的だった。
「俺実は、通訳とマネージャーが急にいなくなって困ってるんだ」
「うん?」
「よければなんだけど、大会が終わるまで代わりに通訳してくれない? バイト代は出すし、俺たちが泊ってるコテージ、部屋余ってるから。お金に困……」
「やります」
我ながら突拍子もない提案に、彼女は食い気味に言った。はっきりと、断言するように。
……は? え?
こうもあっさりと承諾してくれたことに、閃いたこっちの方が驚いてしまう。やるのかよ!……と、心の中で突っ込みを入れる。
すると彼女は俺の手をがしっと両手で掴み、瞳をうるうるさせながら顔を近づけてきた。
……うわ。目でけー。少し灰色なんだな。来夢あたりならすぐに落ちてしまいそうだ。
「やりますやります! やらせてください! 何なの!? 君もしかして神!? うわー! ほんとにほんとにカメラ以外何も持ってなかったから助かる! 衣・食・住なーんもなくて詰んでたんだからー! よかったー。よかったよー!」
心底嬉しそうに、彼女は早口で言った。まあ、よく考えてみればそうだ。彼女にとってみれば、俺は突如現れた救世主。……俺が危ないやつだったらどうするんだ、と少し彼女の楽観志向が心配にはなったけど。
まあ俺は俺で、通訳がついてくれたことには非常に助かるし。エックスゲームはスノーボード会では最高峰の戦い。英語ではない言語で話しかけられることは、多々ある。
――そう、俺にとってみればそれだけのこと。ただ自分が困っているから、彼女と利害が一致したから、咄嗟にそう提案しただけ。
自分に言い聞かせるように、何度もそう心の中で反芻する。
だけどさっき。彼女が事も無げにここから立ち去ろうとしたとき。俺は確かにこう思っていたのだ。
これを逃したら、二度と会えなくなる。容赦なく視線を重ねてくる、その透き通った瞳が、もう二度と見れなくなってしまうって。
――でもやっぱり、俺は心の中で必死に否定するんだ。もうすぐオリンピックもあるし、USオープンだってある。余計な感情を今の俺の体内には入れたくない。
だから俺は何度も否定する。彼女はエックスゲームが終わるまでの期間、ただそれだけの期間の俺の通訳。それだけの存在だと思い込もうとする。
――この子がどんなに魅力的だろうと、俺は何の感情も抱いてないって。
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彼女の言葉は頭にほとんど入らなかった。……このままでは行ってしまう。なんで俺はこんなに焦っているんだ。たった数分話しただけの、名前も知らない女に。
背を向けようとした彼女に、努めて落ち着いた口調を心がけて俺は言った。
「…あのさ」
「ん?」
彼女は首をかしげながら振り返る。…その不躾で真っ直ぐな目線は、猫のように魅力的だった。
「俺実は、通訳とマネージャーが急にいなくなって困ってるんだ」
「うん?」
「よければなんだけど、大会が終わるまで代わりに通訳してくれない? バイト代は出すし、俺たちが泊ってるコテージ、部屋余ってるから。お金に困……」
「やります」
我ながら突拍子もない提案に、彼女は食い気味に言った。はっきりと、断言するように。
……は? え?
こうもあっさりと承諾してくれたことに、閃いたこっちの方が驚いてしまう。やるのかよ!……と、心の中で突っ込みを入れる。
すると彼女は俺の手をがしっと両手で掴み、瞳をうるうるさせながら顔を近づけてきた。
……うわ。目でけー。少し灰色なんだな。来夢あたりならすぐに落ちてしまいそうだ。
「やりますやります! やらせてください! 何なの!? 君もしかして神!? うわー! ほんとにほんとにカメラ以外何も持ってなかったから助かる! 衣・食・住なーんもなくて詰んでたんだからー! よかったー。よかったよー!」
心底嬉しそうに、彼女は早口で言った。まあ、よく考えてみればそうだ。彼女にとってみれば、俺は突如現れた救世主。……俺が危ないやつだったらどうするんだ、と少し彼女の楽観志向が心配にはなったけど。
まあ俺は俺で、通訳がついてくれたことには非常に助かるし。エックスゲームはスノーボード会では最高峰の戦い。英語ではない言語で話しかけられることは、多々ある。
――そう、俺にとってみればそれだけのこと。ただ自分が困っているから、彼女と利害が一致したから、咄嗟にそう提案しただけ。
自分に言い聞かせるように、何度もそう心の中で反芻する。
だけどさっき。彼女が事も無げにここから立ち去ろうとしたとき。俺は確かにこう思っていたのだ。
これを逃したら、二度と会えなくなる。容赦なく視線を重ねてくる、その透き通った瞳が、もう二度と見れなくなってしまうって。
――でもやっぱり、俺は心の中で必死に否定するんだ。もうすぐオリンピックもあるし、USオープンだってある。余計な感情を今の俺の体内には入れたくない。
だから俺は何度も否定する。彼女はエックスゲームが終わるまでの期間、ただそれだけの期間の俺の通訳。それだけの存在だと思い込もうとする。
――この子がどんなに魅力的だろうと、俺は何の感情も抱いてないって。
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