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3/21 新潟県村上市 瀬波温泉旅館 No.3

 

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祝勝会が始まると、お世話になった方々への挨拶回りで、歩夢くんは忙しそうに会場内を行ったり来たりしていた。

しかし1時間ほどすると一通りの挨拶が済んだらしく、どこかほっとしたような表情で私の隣の席に座った。

顔色は悪くない。頭痛の方はどうやら治まったらしい。

「お疲れ。大変だったね」

「うん。まあ、みんな応援してくれてたから、話せてよかった」

「そうだね。ーーあ、飲み物は? 水?」

「うん」

私はちょうど通りかかった中居さんに、水を1杯お願いした。

はちゃんと食べれてる?」

「うん。村上のご飯どれもおいしくて……いっぱい頂いてたよ」

満面の笑みを浮かべて私は答えた。本当に、お世辞抜きで、今日の宴に出された料理はどれも絶品だった。新潟産の米、村上で水揚げされた鮭を始めとする海産物、村上牛を使った焼き物。

生まれた時からこんな食環境にいると思われる歩夢くんが、心底羨ましくなる。

ちゃん、もっと食べていいのよ〜。さ、歩夢もほら」

「あ、ありがとうございます」

「うん、食べるわ」

私の向かいの席に座る歩夢くんのお母さんーー富美子さんが、気さくそうに言う。富美子さんとはオリンピックで挨拶をして以来、久しぶりに今日会った。

富美子さんはサバサバしていて明るくて、私にもとてもよくしてくれている。歩夢くんをおおらかに、見守りながら育ててくれたんだろうなあと想像できるような人だった。ーーそして美人。歩夢くんの整った顔は彼女譲りだろう。

「しかし歩夢が、オリンピック2大会連続メダルとはねー! 少し前までただの小生意気なクソガキだったのになあ」

富美子さんの横で、アルコールで赤らんだ顔で豪快に笑いながら言うのは、歩夢くんの後援会の会長のおじさんだ。この近くで居酒屋を営んでいて、平野家とは旧知の間柄らしい。

「小生意気なクソガキ、かあ」

おじさんの言葉に苦笑を浮かべる歩夢くんを、私はからかうように眺めながら言う。

歩夢くんの事だから、幼少の頃からどこか達観していてクールな振る舞いだったのだろう。……見てみたいなあ、小生意気なクソガキだった頃の歩夢くん。きっとそれはそれでかわいいに違いない。

「そうなのよ〜、ちゃん。歩夢はなかなか笑わない子でねー。マイペースだしどこか冷めてるしで。生意気だったわよ〜」

「へー。今と変わらないですね」

「あはは、そうねー!」

私の言葉に富美子さんがおかしそうに笑うので、私も思わず笑みが零れる。歩夢くんはバツ悪そうな顔をする。

「いやでもさ、とみちゃん。あの時はびっくりしたよなー。ほら、歩夢が行方不明になったときさあ」

おじさんが富美子さんに向かって言った言葉に、私は眉をひそめる。

「行方不明……ってなんですか……?」

「ああ。歩夢がね、5歳か6歳くらいかしら? 地域の祭りに行った後いなくなっちゃってね〜」

「あの時は町中大騒ぎになったよなあ」

富美子さんとおじさんにとっては、今となってはいい思い出なのだろうけど、当時の状況を全く知らない私は、今更ながら不安になる。

「え、大丈夫だったんですか?」

「まあ、近くに隠れてただけでね。でも何時間かは見つからなかったから、さすがに焦ったわよ〜」

「へー。……なんで隠れたの? 歩夢くん」

「ーーいや」

私が隣の歩夢くんに尋ねると、彼は答えたくなさそうで言葉を濁し、刺身を口の中に入れた。

すると富美子さんはからかうように歩夢くんを眺めて、ちょっと意地悪そうにこう言った。

「女の子と隠れてたのよね、歩夢」


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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