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3/21 新潟県村上市 瀬波温泉旅館 No.2

 

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ーー本当に完璧な顔をしている、と改めて思う。

しかし頭痛を訴えていた歩夢くんの顔はやはりどこかいつもより青い色味をしていて。

今日の村上市はとても寒い。真冬用のアウターが必要なくらいの気温だが、歩夢くんは五輪スーツのみでオープンカーの上に1時間も立ち、笑顔で市民に手を振っていた。

そしてその後の報告会でも、集まった市民の質問ににこやかに、そして言葉を選んで真剣に丁寧に答えていた。

いつから具合が悪かったのだろう。この部屋に入るまで、まるでそんな素振りは見せなかった。

歩夢くんの事だから、多少無理をしても市民の期待に応えようとしたのだろう。全く、相変わらず見かけによらず優しいんだから。

ーー歩夢くんが私の膝の上に頭を乗せてからは、休むことに集中していたのか、彼は言葉を発さなかった。

しかし、小一時間ほど経つと。

「ちょっとよくなってきたかな」

歩夢くんが目を開けて、首を動かして私の方を見ながら言う。

「あ、ほんと? よかった」

「うん。の膝枕のおかげでね」

「……それはどうも」

私の膝の上で、悪戯っぽく言う歩夢くんに、私は呆れたように言う。

「じゃ、そろそろ起きて?」

歩夢くんとの密着は心臓に悪いのだ。具合が悪い人の要望だから、この状況は仕方ないと言い聞かせていたけれど、我に返るどぎまぎしてしまう。

「まだちょっと痛い」

「ーーえ。大丈夫? 祝勝会、休む?」

すると歩夢くんはむくりと起き上がり、壁に背を付けている私に、詰め寄るように顔を近づけてきた。ーーすると。

がキスしてくれれば治るよ、たぶん」

そして首を傾けて、私の瞳を刺すように見て、甘く言う。

ーーって、おい。

「は、はあ!? そんなわけないでしょ!」

私は後ずさりしようとするが、背中の壁に阻まれてそれは適わない。

「そんなわけあるよ。男とはそういう生き物です」

「さすがに無理があるから!」

「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」

「ちょ、ちょっと! おい!」

どんどん唇を近づけてくる歩夢くんに、私は耐えきれなくなり、彼を振り払うかのように勢いよく立ち上がり、その場を素早い動作で離れる。

「そ、そんなこと考える元気があるなら、もう大丈夫でしょ!」

彼の方を向いて焦りながら私は言い、逃げるように部屋の出入口へと向かう。

「やっぱりフロントに頭痛薬ないか聞いてくるからね!」

そして歩夢くんにそう言い捨て、部屋の出入口の引き戸を開ける。

「……なんだ、残念」

退出間際に、面白がるように言う歩夢くんのそんな声が聞こえた気がした。





「……全く、隙あればすぐ変なことしようとしてくるんだから」

歩夢くんへの愚痴をぶつくさ言いながら、私は旅館のフロントへ向かう。

私たちが現在訪れている瀬波ビューホテルは、日本海沿いの瀬波温泉街の一角にある。歩夢くんのご両親が経営している日本海スケートパークが隣接している少し古い温泉旅館だ。

古いといっても、館内は清掃が行き届いているし、従業員もとても親切で、質の高い温泉宿だと思う。

ーーそれにしても、この瀬波ビューホテルを始め、パレードの時に目にした村上市内は、なんだかとても懐かしい感じがする。

街の至る所の軒先で吊るされている塩引鮭に、築数百年は経過してそうな黒い瓦張りの屋根の日本家屋、海から流れてくる潮の香り。太平洋側とは違う深い青に染まった美しい日本海。

こんな街で生まれた時から育ったのなら、今どきの見た目に反した歩夢くんの真っ直ぐさも、納得できる気がした。

ーーそれにしても、本当に居心地がいいなあ、村上。初めて来るのに、なんだか自分の故郷であるかのような、そんな感覚にすら陥る。

そんなことを考えながら旅館の廊下を歩いていると。

「……あれ」

フロントへの道を間違えてしまい、いつの間にか大浴場の前に来てしまった私は、1人苦笑を浮かべ踵を返す。

ーー違うじゃん。フロントは逆方向だよ。こっちは大浴場で、その奥がゲームコーナーで、近くの階段を上がると宴会場で……。

「え……?」

ーー瞬間、違和感を覚えて私は立ち止まる。

フロントの場所は、さっきここに入った時に見たから覚えているのは当然だが。

私は先程、そのフロントを通り、そのままフロント脇の階段を上がってすぐの、客間へ歩夢くんと直行したのだ。ほかの場所へは一切行っていない。

ーーなんで、私は今目の前にある大浴場の先がゲームコーナーで、階段を上がると宴会場だと、思ったのだろう。本日生まれて初めて来たはずの、この場所で。

私は駆け足で大浴場の先へ行ってみる。すると、そこには。

使い古された卓球台、昭和の頃からありそうなレトロな数台のゲーム機、数世代前のプリクラ機。……何故か既視感のあるゲームコーナーが、そこにはあった。

ーーじゃあ、この階段の先は。

階段を駆け上がる。早く確かめたくて、息を切らす勢いで。

そして階段を登り切ると、「大宴会場 漁火」というプレートがかかった、襖があった。これまた、妙に見覚えがある。

ーーなんだ、これ。なぜ私が先程、なんとなく思った通りのものが、この旅館にあるのだろう。

もしかして、ひょっとすると。

私はこの場所に。本日初めて訪れたと思い込んでいた、新潟県村上市のこの温泉旅館に。

来たことが、あるのだろうかーー?







村上編始めました。私の父が村上出身なので実は結構詳しいです笑

のんびりやってきます。

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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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