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3/10 コロラド州 ベイルリゾート 病院 No.3

 

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「樹里ちゃん、なんか飲む? 待合室の自動販売機から買ってこようか?」

ベッドで身を起こしてる私が尋ねると、樹里ちゃんは慌てて首を振りながらこう言った。

「いいよ! ちゃんも病人なんだなら座ってなよ!」

「……そう?」

病人と言われても、ちょっとまだだるいくらいで、もうほぼいつも通り元気なんだけどなあ。むしろ樹里ちゃんの方が歩くのに支障をきたしているのだから、大変そうだ。

私達は、私の病室で2人でテレビを見ていた。そう、歩夢くんと来夢くんが出場している、USオープンのファイナルの中継を。

現在は、2本目のRUNの最中だった。先程來夢くんが滑り終え、もうすぐ歩夢くんが滑る番が回ってくる。

来夢くんが圧巻の演技を見せ、86.75ポイントをたたき出し、現在1位についている。Xゲームや五輪では実力を出し切れなかったが、本来なら表彰台に登ってもおかしくないほどの力を彼は持っている。

もちろん来夢くんのことだって応援している。いつも明るくて周りを元気にする来夢くんのことが、私は大好きだ。

ーーだけど。

ごめんね、來夢くん。私はどうしても歩夢くんに勝って欲しいんだ。特に今日は。

歩夢くんにとって、去年大怪我を負わされたこの地で勝利することには、深い意味があるのだから。

「いよいよだね」

「ーーうん」

樹里ちゃんの言葉に頷く私の瞳に映ったのは、テレビの中の歩夢くんがスタンバイしている様子。

ゴーグル越しでも分かるほど、鋭い目付きをする歩夢くんが、右耳を触ったのが見えた。私も反射的に、自分の右耳に付けられているピアスを触る。

そう、彼がいつも身につけていた、シルバーのフープピアスを。

触りながら瞳を閉じる。すると、ファイナルの会場にいる歩夢くんの傍らに、自分が立っているような感覚に陥った。歩夢くんの息遣いか、命をかけて滑る前に彼が醸し出す先鋭な気迫を、私の肌は確かに感じたのだ。

私と歩夢くんは繋がっている。この耳につけている装飾品を通して。

「歩夢、大丈夫かな」

すると樹里ちゃんが心配そうな声を開けたので、私ははっとして目を開ける。

一本目、歩夢くんは左側の壁でのバックサイドダブルコークの着地に失敗。やはりそう簡単には、一年越しの壁は突破させてくれなかった。

しかし、失敗したはずの歩夢くんの表情は信じられないほど落ち着いていた。ーーそこにはもう、迷いも恐怖も私には感じ取れなかった。

「大丈夫だよ」

私はテレビの中でグローブをはめる歩夢くんを眺めながら、微笑んで言う。しっかりと、はっきりと。

「ーー歩夢を信じてるんだね」

そう言った樹里ちゃんの口調からは、素直な真っ直ぐさを感じられた。

ーー歩夢くんに恋焦がれてこの地まで一人でやってきた樹里ちゃん。その想いは報われることは無かったようだけど。

二人の間にどんなやり取りがあったがわからなかったが、樹里ちゃんの表情はやけにすっきりしているように見えた。

何より、少し危うかった私と樹里ちゃんの関係が、淀みのないものに戻ったのが嬉しかった。

「ーーうん。信じてる」

ちゃんがそう言うなら大丈夫だね」

樹里ちゃんは、やれやれとでも言いたげな、ちょっと呆れたように笑う。

「え、なんで?」

「歩夢のこと、1番よくわかってるし。ーーそれに歩夢とちゃんはお互いに……」

「お互いに? 」

「あ! 始まる!」

言葉の続きが気になったけれど、テレビに目を向けると歩夢くんがパイプにドロップインしたので、私は口を閉じた。

そして私は画面を凝視する。祈るように、思いを込めるようにテレビの中の歩夢くんを見つめる。樹里ちゃんから、ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。

高いエアーの次に、フロントサイドダブルコーク1440を、いつも通り美しく華麗に決める。

そしてキャブダブルコーク1080、フロントサイドダブルコーク1260を、まるで歩夢くんは空と雪の支配者のように鮮やかにメイクした。

ーー次だ。

歩夢くんがバックサイド方向から、パイプのリップラインをギリギリのところで踏み切った。

そこには、少し前まで歩夢くんに取り憑いていた物の怪は跡形もなく消えていた。

ーーきれいな3回転半と、着地だった。

文句なしの、お手本のような美しいダブルコーク1260。それも彼の苦手な左側の壁で、難易度の高いバックサイド方向からの。

「や、やったね! ちゃん!」

樹里ちゃんの感極まった声と、テレビの解説者の興奮の絶叫が同時に耳に入ってきた。

今私が目にした歩夢くんのRUNは、いつになく命懸けの儚い輝きが瞬いていて。

私はRUNを終え、スコアが出るのを待つために、パイプの終わりで佇んでいる歩夢くんに、釘付けになっていた。

そして、テレビの画面に表示された、歩夢くんの決死の2本目のRUNのスコアは。

『89.62 』

画面に映し出されている“Ayumu Hirano”という綴りの横に、“RANK1”という文字が追記される。

それを見た瞬間、私の瞳からは涙が溢れ出てきた。そんな私に樹里ちゃんが抱きついてくる。

「歩夢が……! 歩夢、やった! やったよお、ちゃん……!」

「うん……うん……!」

体の内側からとめどなく湧き出てくる喜びのやり場に困り、私は樹里ちゃんをぎゅっと抱き締め返して、彼女と歓喜を分かち合う。

その後行われた3本目では、誰も歩夢くんの2本目のスコアを超えることはできず。

つまり歩夢くんは3本目は滑る前にすでに優勝が確定しており、3本目はウィニングランとなった。

そんな彼のこの地での最後の滑りは、たぶん2本目よりも完成度をあげようとしたのだろう。滑る前から攻撃的なオーラが彼からは滲み出ていたが、逆にそれが回転がかかりすぎてしまったようで、惜しくも転倒。

だけど、転倒後に彼が魅せたのは、「誰にも真似出来ない滑りをしたい」と常に発言している、彼らしいトリック。

美しく空中に弧を描くクリップラージャパンを飛び、歩夢くんは観客とーー私の心を躍らせた。

ーーそして、1位が歩夢くん、2位が來夢くん、そして3位にスコッティという順位で、USオープンの男子ハーフパイプファイナルは幕を閉じた。







このときのウィニングラン本当に好きです。観客の方々が羨ましいです。

明日動画と一緒にその辺のことを勝手に語るつもりです(笑)。

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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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