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3/10 コロラド州 ベイルリゾート 病院 No.1

 

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歩夢side

次の日、が入院している病院が開いてからすぐに、俺は1人見舞いへと訪れた。

ちなみに一緒に行きたがりそうな來夢はまだ寝ていたので、助かった。と二人で話しがしたかったから。ちなみに他のメンバーは空気を読んでコテージに残ってくれた。英樹はそんなことまで考えてなさそうだが。

看護師に案内されて病室に入ると、はベッドの上で身を起こしていて、朝食を取り終えた直後だったようだ。食後の一服らしいお茶かコーヒーらしきマグカップを手に持っている。

「ーー歩夢くん」

俺の姿を認めると、はバツ悪そうに笑った。顔色はそこまで悪くないし、瞳もいつものように意志の強そうな光を宿している。 思ったより元気そうだ。元々は丈夫だから、回復も早いのだろう。

しかし、のベッドの脇に置いたあった朝食のプレートを見ると、半分ほどが残されていた。基本的にいつも食事は残さないだから、さすがに本調子ではないのだろう。

「……おはよ、

「来てくれたんだね。ありがとう。ーーけど大事なファイナルの前に、ごめん」

「ーー見舞いくらい別に大丈夫」

さすがに病院へ担いで連れていったり、気を張って診察に付き合うのは体力を使うので、昨日はの「来るな」という意思を尊重した。しかし、見舞いのために病院に立ち寄るくらい、なんら影響はない。ファイナルがあるの、午後からだし

むしろ、の顔を見ないままファイナルへ挑む事の方が、技の成功率に大きく影響する。

「それならよかった。ーー私、昨日のこと、実はあんまり覚えてないんだけど」

「……そうなの?」

「うん。樹里ちゃんを担いでなんとかコテージに辿り着いたことは覚えてるんだけど、ほかのことはあんまり……。樹里ちゃんは大丈夫?」

「樹里は捻挫はしてたけど、それ以外は元気だよ。骨には異常ないから、そんなに心配しなくてもいいと思う」

「ーーそっか。よかった」

心から安堵したかのように微笑む

「ーーはもう大丈夫なの」

「私? うん、わりとね。まだちょっと頭痛いけど。今日日中ここで寝てればもう大丈夫。今日の夕方には退院して普通に過ごしていいって」

「そっか。思ったより軽そうでよかったよ」

そんなことを言いながらも、の言葉に俺の不安が大きくなっていく。

夕方退院ということは、やはり今日のファイナルの会場に、は来ることはできない。

ーーがそばにいてくれれば。が見守ってくれていれば。

俺はあの左側の壁のモンスターに、何とか勝てる気がしていたのに。

「でも樹里ちゃんも大したことなくてよかったよー」

そんな俺の想いを知らないは、のほほんと言う。

なんでそんなに、会ったばっかりの樹里のことなんて気にかけるんだ。自分の身を呈してあいつの探し物を手伝い、足を怪我したあいつを自分の力を限界まで振り絞って担いで運ぶようなことをして。

俺は、君のそういうところが。

たまらなくイライラする。

ーーそしてたまらなく。

大好きだ。

俺のことだけを見てくれればいいのに、と思う。俺以外の奴なんてどうでもいいって。君の行動の全てが、俺のためだけのものになればいいのに。

だけど、俺はそこでが樹里を見捨てるような奴なら、たぶん元々好きになっていないわけで。

ーー見事に矛盾している。

「ーー歩夢くん」

俺がそんなことを悶々と考えていると、は俺のことをじっと見た。ーーその瞳は少し悲しげで。

「ごめんね。ーー今日一緒に行けなくて。マネージャーなのに」

その言葉の終わりの方は、少し震えていた。俺を見つめるの瞳の端に涙が溜まっていき、頬を一筋伝っていく。

ーー俺は少し勘違いをしていたようだ。

俺が心置きなく競技に立ち向かうためには、君が必要なんだ。君はそのことについて、ほとんど自覚していないんだと思っていた。

しかし、今の涙を見ると。

俺のそんな思いが、全く通じていないわけではなさそうに思えた。

俺が君へと繋げている絆の糸が、完全に一方通行ではないように思えて。

ーー俺は心から、嬉しさを覚えた。

「ーー怖いんだよ、まだ」

だから俺は素直に言った。もう怖くない、なんて嘘は言えない。

ここで怖くないと言って、を安心させることは簡単だ。だけど滑りでは嘘はつけない。

それに正直なの前では、俺だって常に正直でいたい。

「近づくにつれて、去年のことを思い出してきて」

は潤んだ瞳のまま、真剣な面持ちで俺を見ていた。

「ーー最近の大会ではいつもが近くにいてくれた。4回転を連続で初めて成功させたXゲームでも、4年間の全てを掛けてた五輪でも」

そうなんだ。まだ出会って1ヶ月半しか経っていないのだけれど。

ーー大事な時に、いつも俺の後ろにいてくれたのは。そばで見守っていてくれたのは。

だから俺は、Xゲームでも五輪でも、難易度の高い技に臆することもなく、挑むことが出来たんだ。

「ーーだから怖いんだ、余計。が近くにいない中で、滑るのが」

気づくと、自嘲的な笑みを浮かべていた。俺は他人に自分の内面などあまり深く知られたくないし、強気な自分を見せていたい。

だけどの前だけでは、もがき苦しむ弱い自分をさらけ出すことに躊躇はなかった。――なら、なんらかの救いの言葉をくれる気がして。

「ーー歩夢くん、ちょっと」

するとは俺にもっと近づくように、手招きした。意味が分からなかったが、俺は言う通りに少し屈んでと視線の高さを合わせる。

「ーーもっと。こっち来て」

誘うにドキリとする。しかし、全くそういう風な妖しい感じはなく、単純に意味があってお願いしているようだった。

俺はの目と鼻の先まで顔を近づける。至近距離で見るは、相変わらずきれいな双眸をしていた。

「ちょっと、耳貸して」

言われて耳を向ける。するとオレの耳たぶをが触って何やらやり始めた。少しくすぐったかったけれど、耐えられないレベルじゃなかったので俺は言われるがまま動かない。

「ね、見て」

何らかの作業を終えたが、ちょっと楽しそうに言う。を見ると微笑んでいて、自分の右耳を俺に見せつけていた。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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