3/9 コロラド州 ベイルリゾート 雪原 No.5
- 2018/06/27
- 12:01
Your name
ーー完敗だ。ちゃんの背中に顔を押し付けながら、素直にそう思った。
最初は、歩夢が女の子を雇うなんて珍しいな、とだけ思った。スノーボードにしか興味のない歩夢のことだから、ちゃんを雇ったのはただ彼女が有能というだけで、他に理由なんてないだろうって。
だって、本当に歩夢は浮ついたことに興味が無い。昔なじみの私はゴリ推しで恋人という座をなんとか手に入れたけたど、そんな私に対しても歩夢はひどく淡白で。
恋人と言っても、歩夢にとって私は「ほかの女の子よりはちょっと身近な存在」くらいだったのだろうと思う。
でも歩夢の頭の99パーセントはスノーボードとスケートボードのことで占められていたので、その時の歩夢の最大の愛を私は受けられていたと思う。
歩夢はそんなだから、ちゃんを雇ったことに他意はないと思っていた。だから最初は、別に嫉妬なんてものも全然感じていなかった。
だから、歩夢のマネージャーをやっている子なら、1度別れてしまった歩夢と私との架け橋になってくれるような気がして、私は話しかけた。
そうしたら、ちゃんはすごく面白くて、それでいて正直で、かわいくていい子で。歩夢のことなんて関係無しに、私は仲良くなりたいと思ったんだ。
ーーだけど。
ちゃんに対する歩夢の態度が。私が今まで目にしてきた、ほかの女の子に対する彼のそれとは全く違っていて。
いや、ほかの女の子だけではない。心から楽しそうで、それでいて深い情愛を瞳に浮かべる歩夢の笑みなんて、恋人だっはずの私だって見たことがなかった。
ーーまさかね。そんなわけない。
もしかしたら歩夢はちゃんのことを……と私の心が結論を急ごうとする度に、私は必死に打ち消した。いや、そんなわけないって。スノーボードに命をかけている歩夢が、誰かに恋なんてするわけないって。
そんな風に私の心がぐらついている中、ちゃんとたまたま食事を共にする機会があった。
ちゃんとはもっと親密になりたかったから、単純に仲良く喋れて嬉しかったけれど、どこかでほとんど無意識のうちに彼女のあらを探している自分もいた。
彼女の中に、歩夢に相応しくないと思える一面をどうにかして見つけ出したかった。
そんなところを見つけて歩夢に言いつけたところで、どうなるわけでもなさそうだったが。ーー歩夢はそういう卑怯なこと、嫌いだし。
でも私はどうしてもちゃんの醜い部分を見つけ出したかった。そして「ほら、やっぱり歩夢には私が合う。私しかいないんだ」と、思い込みたかったのだ。
ーーだけどちゃんには、そんな部分は一切見当たらなくて。むしろ、話せば話すほど、歩夢のことをよく理解しているちゃんは、歩夢に相応しいとさえ思えてきた。
そして歩夢からちゃんへの想いを打ち明けられて。信じたくなかったけれど、やっぱりなと思ってしまった。
そうじゃなければ、ちゃんを見る歩夢のあの愛おしそうな表情は説明ができない。ーー私には決して向けられることはなかったあの顔が。
今、ちゃんは私を担ぎ、ゆっくりと歩いてる。足場が最悪の深い雪道を、私の全体重をその細い体で受け止めながら。
ーーどこまでお人好しなのだろう。
私のネックレスなんて、あなたには関係ないはずだ。こんな寒い中、長時間探して見つけ出したところで、なんの利益もないはずだ。しかも、見つかる確率はほぼ絶望的だった。
むしろ、明日にファイナルを控えている歩夢のマネージャーなのだから、こんなことをしてもし何かがあったら、歩夢に怒られるのではないか。ーー嫌われるのではないか。
私だったらそう思ってしまい、会ったばかりの顔見知りの捜し物を手伝うことなんて、絶対にしない。
でも彼女は私に付き合った。ーー歩夢に怒られるかもしれないとか、嫌われるかもしれないとか。そういった打算的な感情はちゃんには存在しないのだ。
傍で困ってる私を見過ごせないような、意志が強くて優しい、そんな女の子だから。
歩夢にどう思われようと、自分のしたいことを、やるべきことを貫く。もし歩夢が間違った方向に進もうとすることがあったら(ないと思うけど)、ちゃんは迷わずに歩夢を諌めるだろう。
歩夢に嫌われたくなくて、彼の望む全てを叶えようと必死だった私とは全く生き方が違う。ーーきっと彼女のそんなところも、歩夢は好きなのた。
ーーふざけるな、と思う。そんなの、外見を磨くことしか脳がなく、中身の薄い私なんて、太刀打ちできるわけがない。
ちゃんがもっと嫌な奴ならよかったんだ。どうしてこんなに、私から見ても魅力的なんだ。
こんなの認めるしかない。
「ーーちゃん」
彼女は私を担いで歩き出してから、途端に口数が減った。こんな状況だから、ちゃんの体力的に無駄話をしている余裕なんてないのだろう。
だけど私は今一度、どうしても彼女に聞きたいことがあった。
「んー……?」
ちゃんはか細く震えた声を上げた。
「歩夢のこと、好き?」
しばらく答えが返ってこなかった。彼女の状況を考えれば、答えている余裕なんてないのかもしれない。あるいは、答えたくなくてスルーしているのかもしれない。
しかし、私が返答を諦めるくらい時間が経った頃。
「ーー大好き」
ちゃんはたしかにそう言った。歩くのに必死らしく、声は掠れていたが、しっかりと、断言するように。
「……だよね」
私は小さく呟く。そのあと、ちゃんは何も言わなかったけれど。
ーーよかったね、歩夢。
あんた見る目ありすぎよ。そりゃこんな子好きになるわ。最高だよ。私が保証する。
そしてそのまま私とちゃんは何も言葉を交わさないまま、歩夢たちのコテージへと辿り着いた。
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