3/9 コロラド州 ベイルリゾート 雪原 No.4
- 2018/06/25
- 12:58
Your name
樹里ちゃんがなかなか立ち上がらないことに気づき、私が首を傾げる。
すると樹里ちゃんは、青ざめた顔をして、掠れた声でこう言った。
「……右足が痛いの」
「え!?」
「挫いたみたい……。頑張れば立てそうだけど、歩くのは……」
呆然とした様子の樹里ちゃん。先ほど確認した通り、ここからコテージまではそこまで遠距離では無いとはいえ、歩いて10分ほどはかかる。しかも、足場が最悪な雪の中を歩かなければならない。
右足を負傷した樹里ちゃんが、片足だけ動かして移動するのは、相当困難な距離だ。
「どうしよう、ちゃん……」
「ちょ、ちょっと待って!」
絶望的な顔をする樹里ちゃんだったが、私はとりあえず誰かに連絡しようとスマホを出す。
明日にファイナルを控えている歩夢くんにこんな状況を伝えるのはできるだけ避けたかったが、緊急事態なら仕方がない。直接助けてもらうのは、英樹さんや海祝くんにお願いすればまあいいだろう。
ーーしかし。
「電池切れ……」
そういえば先程歩夢くんに連絡した時も、電池の残量は少なかった。……しかしまさか切れているなんて。少しでも残ってくれていればよかったのに。
「嘘……」
「樹里ちゃんスマホは……?」
「……無い。コテージに置いてきちゃった」
ーーマジか。
これで外部との連絡手段は一切ないということだ。
私たち2人で。私と樹里ちゃんの2人で。
2人の力で、この状況を打開しなければならない。
こんな極寒の中だ。なんとかしなければ、最悪命の危機だってありえる。
そして樹里ちゃんは足を負傷して歩けない。自由に動けるのは……気づいたら頭痛が半端なく酷くなっている、この私だけ。
ーーだったらもうこうするしかない。
「ーー樹里ちゃん。ちょっと頑張って立ってくれる?」
「え……? う、うん」
私が肩を貸すと、樹里ちゃんはやおら立ち上がろうとする。傷んだ足に力を入れてしまったのか、途中で「痛っ」と小さく悲鳴を上げたが、なんとか私の横に立つ。
そして私は樹里ちゃんに背を向けて屈み、手を後ろに伸ばす。ーー樹里ちゃんを負ぶさるための体勢。
「え、ちゃん……?」
「私が樹里ちゃんをおんぶしてくから、乗ってくれる?」
「そ、そんな! ちゃんだって疲れてるし、私結構重いし……!」
「えー樹里ちゃん絶対軽いわー。だから大丈夫!」
「で、でも……」
迷う樹里ちゃんだったが、やっぱりどう考えてもこれしか方法がないので、私はちょっと強い口調でこういった。
「だって樹里ちゃん歩けないんだから。歩ける私がこうしないと。それに他に方法ある?」
「ちゃん……」
「さ、早く乗って。こんなとこに長くいたら、それこそ私も倒れちゃう」
「うん……」
樹里ちゃんがおずおずと私の背中に身を預けてきたので、私は腕と腰の力で彼女を担ぎ、立ち上がる。
ーー立ち上がった感じだと、ちょっときついけど……なんとかなる……かな?
ちょっと。いや、かなり危うい。朝から不調だった上に、雪の中に小一時間いて体力を消耗している私の体が持つかどうか。
でも、なんとしてでも持たさなきゃいけない。
「じゃ、行くよー」
樹里ちゃんに私の状況を悟られないよう、私はできるだけ能天気そうに言った。そして雪の中を1歩踏み出す。
足に絡む雪が重いな……。想像以上にしんどい。しかしどうにかしてコテージにたどり着かなければ。
「……ちゃん」
すると背中の樹里ちゃんから、震えた声が聞こえてきた。
「んー?」
「ごめんね……私……ちゃんに、冷たいこと言ったのに……。こんな寒い中ネックレス探してもらって、見つけてくれて……そしてこんなことまで……」
しゃくり上げながら言う。どうやら泣いているようだったが、そもそも私は樹里ちゃんが急に私に対しての態度変わった原因が分からなくて、困っていただけだったので、そんなに泣かれたり謝られたりするほどのことでもない。
「あは。いーって、もう。見つかってよかったよね。さ、あとは帰るだけだよ」
「……ちゃん、ありがとう。……また仲良くしてくれる?」
「ーーうん」
樹里ちゃんの言葉に嬉しくなる私だったが。
ーーその後の記憶はおぼろげでよく覚えていない。意識が朦朧とする中、私は気力を振り絞って樹里ちゃんを担いだまま、雪の中をゆっくりと進んだ……と、思う。
そしてコテージに到着して、緊迫した様子の歩夢くんの顔を見た瞬間、私は気が緩んで倒れてしまったんだ。
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