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3/8 コロラド州 ベイルリゾート ベイルビレッジ No.3

 

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「好きだよ」

俺は間を置かずに、樹里に強い視線をぶつけて、腹の奥から声を出して、言う。

樹里がビクッと身を震わせた。大きな瞳が潤んでいく。しかし、涙を流すことは堪えているようだった。

「ーー私のことは? 私のことは、好きだった?」

ーー好きだった?

つまりそれは過去のこと。今の俺が樹里に心を向けていないことは、すでに彼女もわかっているのだ。

だが、俺と樹里が恋人同士だった時。恐らく今の俺がに向ける顔と、過去に樹里が向けられていた顔があまりにも違っていて。

樹里は、昔の思い出にさえもすがれなくなっている。

「ーー好きだったよ」

本当だ。樹里が激しく追いかけてくるから、少し困ることはあったけれど、それも可愛く思えていたし、樹里を大切にしたいという気持ちは強く持っていた。

ーーだけど。

「でも、を好きな気持ちとはーー違う」

「どう違うの」

樹里が声を詰まらせながら尋ねる。

「ーーのことで常に頭がいっぱいなんだ。が笑うだけで俺は浮き足立つんだ。そんな気持ち、初めてで」

「……そんな」

信じられないという面持ちになる樹里。

「……スノーボードにしか興味のなかった、歩夢が? ねえ、嘘でしょ?」

「ーー嘘じゃない」

「女の子をスタッフに雇うなんて、珍しいなとは思ったの。でも、それはあの子がスタッフとして有能だからでしょ? だってそういうの、全然興味なかったじゃない。だからちゃんを好きなんて……嘘でしょ?」

樹里が、まるで「そうであってくれ」と、願うように、藁にも縋るように、必死に俺に尋ねる。

ーーだけど。

「ーー樹里」

俺は今にも崩れ落ちそうな樹里を強く見据えたまま、容赦なくこう告げた。

「もうじゃなきゃダメなんだ。ーー他の子なんて、考えられない。がいない世界なんて、耐えられない。そんなところまで、来てる。俺は」

明瞭な声で言う。まるで引導を渡しているかのような気持ちになり、罪悪感で支配されそうになる。

だけど正直に言わなきゃない。嘘をつく方が、期待を持たせる方が、残酷だ。

「そんな……」

掠れた声でそう呟き、呆然としたような表情をした後、樹里は俯いた。樹里はしばらくそのまま立ち尽くしていたけれど、俺にはどうすることも、何も言うこともできない。

ーーすると。

「歩夢くーん、遅くなってごめんね。レジ混んでてさー。あれ、樹里ちゃん?」

購入したらしいコーヒーを手に持ったが、場の雰囲気にそぐわない脳天気な声を上げながら、店内から戻ってきた。

「ど、どうしたの……?」

しかし俯いて何も言わない樹里に、すぐに異変を察したのか、は不安げな面持ちをした。

すると樹里は顔を上げる。泣いているのかと想像していたけれど、意外にそんなことはなくて。瞳は充血していたが、涙はこぼれていなかった。

だが、樹里は生気を失ったかような、能面のような無表情で。俺の心がズキっと痛む。

「じゅ、樹里ちゃん……?」

樹里を心配そうに眺める。すると樹里はその機械的な顔をに向けた。いつものきらきらした樹里との落差に驚いたらしいは、びくりと身を震わせた。

「ーーちゃん、ごめん」

「え……?」

「今ちゃんと話すと、私酷いこと言っちゃう。ーーだからまたね」

心ここにあらず、と言った様子で樹里はに告げると、そのまま俺たちに背を向けて、ふらりと歩いていってしまった。

雪の積もったこの街をゆっくり歩む樹里の背中は、儚くて今にも消え入りそうで、そのまま白い雪へと同化してしまいそうにも思えた。

「一体どうしたの、樹里ちゃん……」

俺と樹里との先程の会話を知らないは、遠ざかる樹里の姿を見ながら、心底不安そうに俺に尋ねる。

「ーーごめん」

そう言った俺に、が目を向ける。

「え?」

「今は、聞かないで」

から視線を外し、俺が低い声でそう言うと、は口を噤む。そしてそれ以上は、何も聞いてこなかった。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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