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3/7 コロラド州 ベイルリゾート USオープン会場 No.1

 

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歩夢side

練習の合間に、海外のメディアと日本のテレビ局が取材を挟んできたので、俺はそれに対応していた。

「本音を言えばだいぶ苦手な壁の形をしてますけど」

答えながら、ちらっと周囲を見る。はテレビ局のスタッフと、セミファイナル後やファイナル後の取材について打ち合わせをしているようだった。

そしてその近くには樹里の姿もあった。樹里は俺が取材に応答する様子を、真剣な面持ちで眺めていた。

「去年このコースで、このパイプで怪我をしたっていうところで。自分的にはそういう、嫌なコースというか、そういうイメージは?」

やっぱり聞かれるだろうなあという、去年の怪我に絡めた質問。

「いや、まだまたなりそうだなってのは若干あるっすね。……いや、若干っていうか、半分くらいある」

インタビューでは嘘をつかない、自分の言葉で話す。俺はそういう風に決めている。競技の発展のためには、ハーフパイプの負の側面も伝えなくてはならない。

だから正直に、恐怖心が完全に抜けていないことを俺は伝える。

「恐怖心っていうのは乗り越えることができますか?」

「まあ……大丈夫だと思います」

USオープンは五輪とXゲームと並ぶ、世界3大大会の1つ。このステージで勝利することは、俺の夢のひとつだった。

さらに五輪で金メダルを逃した俺にとっては、今大会での勝利への執着は一塩だった。

だから恐怖など乗り越えなければならない。最後の言葉は自分に言い聞かせるように。ーー俺は少し離れたの姿を横目で見ながら、言った。





取材が終わって、スタッフが撤収始め、俺も練習を再開しようと、外していたボードを担いだ時だった。

「ーー歩夢」

透き通ったか弱く美しい声。先程まめ俺が取材される光景を眺めていた樹里が、歩み寄ってきた。

俺は無表情で樹里を眺める。樹里は少し心配そうに俺を見ていた。先程俺がインタビュアーに答えた内容に、何か思うことがあったのだろう。

ちらりとがいる方を見やるが、いまだにスタッフと今後の打ち合わせをしているようで、タブレットをいじりながら何やら話し込んでいた。

「何、樹里」

俺が素っ気なく言うと、樹里は心配そうな瞳を俺に向けてきた。

「怖いの? ーーまだ」

怖いか怖くないかで言ったら、さっきの取材で答えた通りだ。

ハーフパイプを滑る時はいつだって怖さはついてくる。特に、成功率が高いとは言えない4回転を連続で飛ばなきゃない時の恐怖は、いまだに慣れることは出来ない。

だが、この場所での恐怖は少し意味合いが違う。

この苦手な形のパイプの頂上に立つだけで、俺の脳裏には昨年の記憶が鮮明にフラッシュバックされ、強烈な畏怖の念が襲ってくる。

「…………」

しかし俺は何も言わずにボードを担ぐと、樹里から背を向けた。樹里はさっきの取材を聞いていただろうし、改めて話す必要は無いと思った。

何より、こういうことに耐性がない樹里に、直接言うのは憚られた。

「歩夢、待って!」

「ーーん」

しかし樹里が悲痛とも言えるような、必死な声で呼び止めてきたので、俺はさすがに振り返った。

「ーー何」

そして短く俺は言う。

あまり樹里と会話をするのは良くないと思っている。別に、樹里を毛嫌いしているわけじゃない。

ただ、樹里は俺のことをまだ好きで。だけど俺が彼女を愛する可能性は限りなくゼロで。

ーー早く諦めてほしかった。樹里のためにも。

「あのね……もう歩夢は私のこと、なんとも思ってないかもしれないけど」

「…………」

「歩夢のためなら、私なんだってできるから。ーー怖がらなくても、大丈夫だから」

樹里は意を決したように言った。彼女の深く固い決意が俺に伝わる。

いつだってそうだった。樹里は俺のためなら本当に何でもしてくれた。そのためだけに生きているようにも見えた。

「……ありがとう。気にかけてくれて」

俺は小さい声でそう言うと、再び樹里に背を向けて歩き出す。

樹里は今も昔も、自分のすべてを俺に捧げている。

そんな樹里に、俺は申し訳なささえ覚えてしまう。

俺がそんな君の気持ちにどう頑張っても応えてやれないことに。こんなに俺を想ってくれている樹里を受け入れられたら、どんなにいいだろうと思う瞬間もある。

樹里は死ぬほど歓喜するだろうし、俺だって類希な美少女がいつも近くにいるなら、こんなに活力が湧くことはない。

と出会う前だったら、俺は樹里の熱烈な想いに流されていたかもしれない。

ーーだけど、という存在を知ってしまった今では、もう無理だ。は、俺の心の隙間を余すところなく、埋めてしまうのだから。そして彼女はそれを自然にやってのけてしまう。

それに、「怖がらなくても大丈夫」と、樹里は言ったけれど。

そんな事言われても、怖いもんは怖い。理屈じゃないんだ。

ふと、まだ真剣な顔をしてスタッフと打ち合わせをしているの姿が視界の隅に映る。

ーー俺が怖いって言ったら、はなんというのだろう。

またの言葉が聞きたくてたまらなくなった。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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