3/6 コロラド州 ベイルリゾート コテージ No.2
- 2018/06/09
- 09:54
Your name
洗濯物を両手に抱えたを壁まで追い詰めて、半ば無理やり視線を俺に向けさせる。
は少し切なげに、潤ませた瞳で俺を見ていた。
ーーうわ。また無意識にそんな顔しやがって。誘ってんのがわかんないのかね、この子は。
もうそのまま口付けしたい衝動に駆られたが、俺は当初の目的を思い出し口を開いた。
「で、何? 樹里のことが関係してんの? 俺を避けてんのは」
「あ……」
もう面倒なのでが四の五の言う前に言ってやった。小さく声を上げたは、案の定図星だと言った反応。
「ーー気になるの? 俺と樹里のこと」
するとは、少し黙ったあと、
「マ、マネージャーとしてっ! き、気になるだけ、だから!」
と、まるで俺に訴えるように声を張り上げた。
ーーマネージャーとして、ね。
例えそうでも、が俺の過去を気にしているなら。ーー樹里に多少でも嫉妬しているなら。俺は嬉しさを覚えてしまう。
「ーー去年別れた昔の彼女だよ。そんだけ」
「どうして……別れたの?」
俺が素っ気なく淡々と事実を伝えると、が食い下がってきた。
俺は去年、樹里と別れた時の出来事を思い出した。ーーそして。
同じ状況なら、はどんな対応をするのだろうという興味が湧いた。
「。俺がもし、さ」
「ーーうん」
「競技中に命に関わる怪我をしたら。そのあと俺にスノーボードを続けて欲しいって、思う?」
俺の問いかけに、はしばしの間俺をじっと見て黙考する。そしてそのまま俺の瞳に視線を重ねながら、意を決したように口を開いた。
「歩夢くんが危険な目に遭って怪我をしたり――死んじゃったりしたら。嫌に決まってる。そんなの無理、耐えられない。――だけどね」
「だけど?」
「それでもやるんでしょ、歩夢くんは。歩夢くんからスノーボードをやめてほしいなんて、私は思わない。今までずっとそれだけのために生きてきたんだから。歩夢くんからスノーボードを奪ってしまったらーーそんなの、殺してるのと同じことだよ」
ははっきりと迷わずに言った。断言するように。その双眸には強く深い煌めきが宿っていて、それが彼女の本心だとわかる。
俺に対して媚を売っている素振りや、自分をよく見せようという虚栄心は、一切感じない。
ーーああ、やっぱりだ。最高だ。
「ーー去年、樹里には」
俺は静かに口を開き、こう続ける。
「俺が怪我したあとに、もうスノーボードの大会に出るのはやめてくれって言われたんだ。俺が心配だから、俺を失うのが怖いからって」
「えーー」
「俺のことを好きでいてくれたから、そう言ってくれたんだって分かる。だけど俺にはそれが耐えられなかった。ーーどうしても」
「…………」
「あのころの俺は余裕がなくて。樹里には相当酷いことを言ってしまった。怒鳴ったりもした。そして俺から別れることを決めた。樹里は納得してなかったけど、俺にはもう無理だった」
「そう、だったんだ……」
は瞬時に腑に落ちたようだった。俺が樹里と別れた理由が、彼女にも心から納得いくものだったのだろう。
たったそれだけで分かる。は樹里側ではなく、俺側の人間だということを。
「だから樹里のことはもうなんとも思ってない。ただの昔馴染みだよーー向こうは違うかもしれないけど」
「ーーうん」
「気になってたことは解消された? 」
俺は不敵に笑ってを見つめて問う。するとは俺に迫られているような体勢だったことを思い出したのか、顔を赤らめてあからさまに慌てるような素振りを見せた。
「べ、別に! そ、そんなに気になってないから! ちょっとどうなのかなー、ってくらいだし!?」
「ふーん」
「ほんとだからね! あ、あれだけ可愛い子と別れるなんて、 歩夢くんもったいないなあって、不思議だっただけだから!」
「ーー可愛い子、ね」
確かに樹里はかわいい。顔はパーツの大きさや配置が黄金比だし、白い肌は肌荒れなんて1度も見たことは無いし、細いくせに胸はでかいし、仕草も声も……って改めて思うと、樹里って完璧だな。
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