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3/5 コロラド州 ベイルリゾート USオープン会場 No.4

 

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「や、やだー! ちょっと取って取って!」

「いやー、自分で払えそうだよ、ちゃん」

「私虫ダメなのー! お願いだから!」

「でも小さいやつだし」

「小さくても無理ー! やだやだやだー!」

必死な私に対してなんだか冷たい2人。私は気持ち悪さに耐えきれなくなりーー。

恐怖のあまり、目の前にいた歩夢くんに抱きついてしまった。

「え、ちょ、

「は、は、早く! 取って!」

「……仕方ないなあ」

歩夢くんは何故か楽しそうにそう言うと、私の肩に手を伸ばした。ーーすると。

「あ、虫じゃなくてゴミだった」

「ーーえ」

すると英樹さんが文字通りお腹を抱えて笑いだした。

「やばー! ちゃんちょろすぎー!」

「な……! 2人で私を騙したの!?」

「いや俺は本当に虫だと思った」

「嘘つけ!」

私は抱きついている歩夢くんの耳元で言う。ーー、え。抱きついている……。

「うわあ!」

そこで私はいまだ歩夢くんに抱きついている事実に気づき、咄嗟に飛び退くように離れた。

「別にもうちょっと抱きついててもよかったのに」

歩夢くんはじっと私を見ながら、いつものように大胆なことを平然と言ってのける。

「い、今のは! 虫が、怖かっただけだから!」

「ふーん。もっと素直になればいいのに」

「何を!?」

「別に。……!」

すると歩夢くんが、私の後方を見て、少し驚いたような顔をした。釣られて私も顔を向けると。

そこには購入したらしい飲み物を片手に持った樹里ちゃんの姿があった。

「ーーじゃ、また滑ってくる。行こう、英樹」

「おー」

歩夢くんは樹里ちゃんから目を逸らし、英樹さんと共に少し早歩きでその場から去ってしまった。

ーーあれ。やっぱり別れた彼女と一緒にいるのは、気まずいんだうか。

樹里ちゃんの想いを彼女自身の口から聞いてしまった私は、彼女が少し可哀想に思えた。

だけど、なんでだろう。

何故私は今、ほっとしたのだろう。

「……ちゃん」

樹里ちゃんは、色白の顔を少し青くさせて、動揺した面持ちになっていた。

「ーーえ?」

「あなたと歩夢って……いつもあんな感じなの?」

一部始終を見ていたのだろうか。いつもあんな感じかと言われれば、歩夢くんは私をからかうのが趣味の1つのようだし、あんな感じだ。

「まあ……だいたい」

「…………」

ーーはっ。もしかして私が歩夢くんに咄嗟に抱きついたことに怒ってるのかも!

よく考えたら応援はしないって言うわ、目の前で好きな人に抱きつくわで、私最悪じゃないか!

「ごめん樹里ちゃん! 歩夢くんにさっき抱きついたのは虫が怖かっただけで、その……」

「ううん。そのことはいいの。歩夢がファンの子に抱きつかれることなんて、よくあるし」

ーーあれ、違うのか。

じゃあどうして、そんな打ちひしがれたような顔をしているのだろう。

樹里ちゃんは、もうだいぶ離れた場所を歩く歩夢くんの背中を目を細めて眺め、こう呟いた。

「……歩夢。まさか、ね……? スノーボードにしか興味のない、あなたが、まさか……」

「…………?」

私に言った訳では無いようなので、何も言わなかったが、樹里ちゃんの言っている意味がわからず、眉をひそめて彼女を眺めた。

樹里ちゃんはしばらく呆然とした表情で歩夢くんの背中を眺めてから、はっとしたような顔をすると、私に向かって微笑んだ。

「あ、ごめん。なんでもないの」

しかしその微笑みは少しぎこちない。

「うん……?」

「私ちょっと寒くて疲れちゃったから、もう行くね。ちゃん、今度一緒にランチでもしよ」

「あ、うん」

そう言うと、樹里ちゃんは私に手を振りながら、ハーフパイプ会場を後にした。宿泊しているコテージにでも戻るのだろうか。

ーーしかしそれにしても。

樹里ちゃんのあの表情とあの言葉は、どういう意図があったのだろう。

そして私は、樹里ちゃんに「歩夢くんの気持ちがわからないから、応援出来ない」なんてもっともらしいことを言ったけれど。

そんな建前より、自分の中に樹里ちゃんを応援出来ない黒い感情があったのではないか。

しかし私は今日も、そんな想いを厳重な箱に入れて鍵をかけて、心の奥底にしまい込むのだ。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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