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3/5 コロラド州 ベイルリゾート USオープン会場 No.1

 

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「今日は初日だし、慣らす感じで行く」

「そうなんだ?」

「ここのパイプの形、苦手だしね」

歩夢くんはさらっと言ったけど、私は彼の言葉にあることを思い出して胸がキュッと締め付けられた。

ーーそう、ここは去年歩夢くんが例の怪我をした場所。

私が歩夢くんと出会った時は、既に彼は怪我を克服していた。しかし、怪我をした瞬間やリハビリの映像を見ていた私は、相当大変な事態だったことを知っている。

今は単に本当にパイプが好みの形じゃないだけかもしれないけど、もしかしたら怪我の時のことが、彼に何らかの心理的負担を与えているのかもしれない。

ーー昨日ここベイルリゾートに到着した私たち。今日はハーフパイプの会場に赴き、これから歩夢くんたちの初練習だ。

「じゃ、行ってくる」

「頑張ってね、みんな」

私がそう言うと、濃紺のウェアを身にまとった歩夢くんを初め、來夢くんに英樹さん、海祝くんの4人はパイプのスタートの方へと向かった。

私はパイプのプラットフォームの上に立ち、いつも通り彼らの練習を眺めたり、彼らがフォームを確認するのに参考になるような動画を撮影する予定だ。

ーーそれにしても。

誰でも入場無料のUSオープン。厳粛な雰囲気だった平昌五輪とは全く違う。私が立っている場所にも、所謂スノーボードの「見る専」のファンが、選手達がパイプの中を飛び交う様子を、時々歓声をあげながら、緩いスタンスで眺めていた。

とても和やかな雰囲気の大会だ。ーーそんな中、去年はあんな深刻な怪我をしてしまったなんて。

ーーそんなことを私が考えていると。

「こんにちは」

透明な声とは、この子のような声のことを言うのだろう。決して甲高くはないが、程よく耳あたりのいい高さ。不純物が一切含まれていないような澄んだかわいらしい声音。

そう、この美声すらも天は彼女に与えてしまったのだ。

いつの間にか、歩夢くんの元カノの樹里ちゃんが、柔和に微笑みながら私の横にたっていた。

ーーそうか。誰でも入場できるのだから、彼女がここにいたってなんら不思議ではないのだ。

「あ……こんにちは」

私は少しおどおどしてしまう。何を話したらいいのか正直よくわからなかった。

しかし樹里ちゃんは、私の様子を気にする素振りもなく、相変わらず美しい笑みを浮かべていた。

「マネージャーさんだったのね、歩夢の」

「あ、うん。って言います。樹里ちゃん、だよね?」

「うん、よろしくね。偶然スーパーで会ってたなんてびっくりだね。私一人で来ちゃったし、歩夢たちも男ばっかりだし……あなたがいてほっとしちゃった」

小さく息をついて、少し親しげに樹里ちゃんは言った。

ーーん? なんか絶対的な超絶美少女の印象があったけど、思いの外話しやすそうな?

「歩夢たちは?」

「ちょっと前に滑りに向かったよ。ここにいれば見えると思う」

「そうなの? ありがとう。じゃあ一緒に見させてね」

「ーーうん」

そう言った直後、本当に歩夢くんがパイプを滑り降りてきて、私たちの真上でキャブダブルコーク1260を決めた。

相変わらず無駄のない美しい回転。抑えめの彼にすら、大半の選手は全身全霊をかけても遠く及ばない。ーーそれが平野歩夢。

「ーーやっぱりかっこいい、歩夢」

樹里ちゃんが小さく呟く。私に対して言っている訳ではなく、無意識のうちに出てしまった声のようだった。まあ、私はその言葉に全力で同意したが。

ーーあ、そうだ。動画撮らなきゃ。

そう思い出し、私は首から下げていた一眼レフを手に取った。ーーその時。

「ーーねえ、ちゃん」

「ん?」

「ちょっと女同士の話、してもいいかな」

私はカメラの電源入れようとしていた指をぴたりと止める。

女同士の話……?

それって、修学旅行の夜なんかに話すいわゆる恋バナってやつだろうか? それとも樹里ちゃんが私と歩夢くんの関係をなんか勘違いして「歩夢に近づくんじゃないわよ!」と言って私に宣戦布告するような、少女漫画などによくあるシリアスなシーンだろうか。

え、何話すんだろ。なんだ、なんか怖い。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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