記事一覧

3/4 成田空港→デンバー国際空港

 

Your name






歩夢side

ーーもう一度滑らせてくれ。

『 Take him to the hospital soon!(早く病院へ!)』

『 If the affected part was misaligned by two hairs, there was no life for you. You are a lucky boy.(髪の毛2本分ずれていたら命はなかった。君はラッキーボーイだ)』

ーーうるさい。土壇場でこけて、何がラッキーだ。

『 オリンピックには間に合うよ』

『 大丈夫、治るよ 』

ーー何が大丈夫なんだ。適当なこと言いやがって。

『もう危ないことはやめてよ……歩夢 』

ーーうるさい。

『 私は……歩夢が心配なだけなの』

ーーうるさい!





そこでびくっと全身が動いて、俺は目を覚ました。体中に寝汗をかいていて、眠っていたはずなのに何故か息も荒くて、心地悪い。

飛行機内は外が夜のせいか、すべての窓のシャッターが閉められ、ほとんどの人間がリクライニングを倒し、眠りについていた。機内特有のエンジン音が、場を支配する。

またあの夢。怪我から復帰して怖さがなくなった頃からは、この悪夢が俺の睡眠を支配することは無かったのに。ーー最近よく見る。

ちょうど一年前、俺が選手生命に関わる怪我をしたのは、ベイルリゾートで行われたUSオープンという大会。

そして現在搭乗している飛行機は、成田発デンバー国際空港行き。USオープンが行われる会場の、最寄りの空港だ。

そう、俺は今年のUSオープンに出場する。ーーだからあの夢を見るのだろう。もう克服していたと思い込んでいた、あのトラウマを。

「……歩夢くん」

すると俺の隣の座席のが、小声で俺の名を呼んだ。はっとして顔を向けると、倒したリクライニングから身を起こしたが、何故か心配そうに俺を眺めている。

、起きてたんだ」

「うん。なんか眠れなくて。ーー大丈夫?」

「え?」

「ちょっと寝苦しそうだったから。歩夢くんいつもどこでもスヤスヤ寝てるからさ」

「あー……」

傍から見てわかるくらい、あの夢が俺を蝕んでいたのか。本当にうっとおしい記憶だ。

俺はリクライニングから上半身を起こす。

「ん、まあ大丈夫。ちょっと寝にくかっただけだよ」

だけどに後ろ向きなことはあまり言いたくなくて、俺は平静なふりをして淡々と言う。俺のいつもの調子に、は深刻そうな顔を緩めた。

「そう? それならいいけど」

「うん。心配させてごめんね」

「いいですよー、マネージャーですから」

は気さくな微笑を浮かべて少しおどけて言った。それを眼前で目にした俺は、しばし前までの不安感の大部分が払拭される。

ーーそうだ。何も怖がることなんてない。俺はもう、飛べるのだから。

一瞬見ただけで心の空模様をがらっと変えてしまう。なんてパワーなのだろう、の笑顔は。

「水もらおうか?」

「あー、お願い」

するとはちょうど通りかかったキャビンアテンダントに、「Excuse me, please give me a glass of water.」と、相変わらず完璧な発音で言う。

「はい」

が柔和な微笑みを浮かべながら、受け取った水を俺に差し出す。

「さんきゅ」

受け取った水を俺はほとんど一気に飲み干してしまう。汗をかいたせいで、喉が渇いていたのだ。

「あれ、もう一杯いる?」

俺が勢いよく飲みきったのを見て、が首を傾げて尋ねた。

「いやーー大丈夫」

俺は水を飲み干した紙コップをくしゃっと丸めながら言った。

ーーそうだ。大丈夫、だ。大丈夫にしなきゃない。俺はもう、大丈夫なはずだ。

怖くなんて、ない。


いただけると感激です→ web拍手 by FC2

前のお話   次のお話

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

名前変換

 

Your name