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酔いどれ No.5

 

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「ーーまあ、とにかくここにいてもどうしようもないから。俺は帰るよ」

「ああそう」

俺はどうでもよさそうに言う。早く帰れ。

が途中で起きてきたとしても、酔っ払ってるからって変なことしたら許さないからね」

「ふーん」

「君とはマネージャーと選手ってだけで、それ以上の……」

「早く帰ったら?」

長くなる上に心底面倒くさそうな話になりそうだったので、俺は羽生くんの話を遮るようにつっけんどんに言った。

すると羽生くんは俺のことを一瞬鋭い目で睨むと、

「渡さないからね」

そんな捨て台詞を吐いて颯爽とホテルの廊下を歩き出した。

ーーおーこわ。さすがリンクの上で常に演技をしてるだけあって、本気で睨まれると一瞬身震いしそうになる。

羽生くんの姿が見えなくなったところで、なんだかどっと疲れた俺は自分の部屋に戻って寝ることにした。

それにしても本当に酒ダメなんだな。まさかコップ半分で潰れるとはーー。

そんなことを考えながら、自分の部屋のカードキーを手にしたーーまさにその時だった。

「ーー歩夢、くん」

いつもより滑舌が悪いが、聞く度に心地よくなる、俺の大好きな声が近くから聞こえたきた。いきなりのことに驚愕しつつも、俺は声のした方を向く。

「行っちゃうの……?」

そこには、自分の部屋のドアを半分開けながら、ドアから首だけ出して俺を見つめるの姿。先程までは何をしても目覚めなかったのに、いつの間に意識を取り戻したのだろうか。

まだ酔いが回っているらしく、いつもぱっちりと開いているの双眸は、少しトロンとしていて、半開きの状態だった。廊下の照明に照らされたの頬は、少し赤みを帯びている。

ーーやけに色っぽい。

「え、いや……」

いつもと違う雰囲気のに、俺は珍しく狼狽する。

するとはドアを勢いよく全開にしてーーなんと俺の胸に飛び込んできた。

「ーー行かないで、よ……」

予想外の自体に硬直する俺に、はすがりつくように抱きつく。の髪から、肌から、欲望を刺激するようないい香りが鼻腔をかすめた。

ーーだけど。

ちょっと待て。なんではこんなにも深刻そうに「行かないで」と言うのだろう。

「ーー行かないよ、どこにも」

俺はの背中にそっと手を回すと、できるだけ優しい声を出して言った。ーーすると。

「ほんとに……?」

俺の腕の中で、俺を見上げるように上目遣いで尋ねる。アルコールのせいで少し潤んだ瞳に、俺は魂ごと持っていかれそうになる。

「うん」

「よかった……歩夢くんまで、いなくなったら……私……」

「ーーえ?」

どういうことなのだろう。

「自分で決めたこと、だけど……。私写真のためにいろんなとこ行く、か、から……」

「ーーうん」

たどたどしく言うの話を、俺は聞き逃さまいと聴覚に神経を集中させる。

「ちゃんとした友達、少なくて……いつ、も……ひとり…で…」

「…………」

「こんなに一緒にいてくれるの……歩夢くんだけ、だから……」

ーーそうか。は。

常に明るそうに、前向きに、弱音を決して吐かないけれど。

まだ20歳の女の子なんだ。普通は大学や専門学校に行ったり、就職したてで青春を謳歌しているはずの世代。

そんな女の子が1人で世界を飛び回って、ひたすら写真を撮り続けて、自分の腕を磨いて。ーーフォトグラファーという特性上、たった1人、孤独で。

そんな環境、辛さや苦しさがないわけなんてない。だけど自分で決意したことだから、決して後ろ向きなことは言わない。

ーーそんな風に生きているのだ。


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Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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