風邪 no.3
- 2018/05/24
- 14:33
Your name
「いやだって風邪ひいて心細いし。やっぱ病気の時は誰かにそばにいて欲しいじゃん」
「嘘つけ! それにもうよくなってきてるじゃん!」
「いいじゃんそんなに堅いこと言わなくても」
いつものように落ち着いた声でとんでもないことを言う。
「い、言うよ! だ、だいたい添い寝だけですむの!? 」
「それは保証できないね」
「そっ、そんなこと考える余裕があるならもう大丈夫だから! もう私部屋に戻るー!」
「ーーなんだ残念」
気恥しさでいっぱいになった私は、勢いよく立ち上がり、歩夢くんの方は見ずにそのままつかつかと部屋の出口まで早歩きで進んだ。
もう! すぐに調子に乗るんだから!
しかし部屋のドアノブに手をかけると、なんとなく歩夢くんが気になってこっそりと振り返ってみる私。
ベットに伏せっている歩夢くんの顔半分は布団に覆われていて、こちらからは表情をうかがい知ることはできない。しかし、鼻をすすったり咳き込んだりする音が時折聞こえてきた。
ーーあんな軽口言ってるけど、本当にちょっと心細いのかも。ましてや命を懸けた五輪後だし、大好きな地元にも未だ帰れていないのだし。
私は嘆息すると、ゆっくりと歩き、歩夢くんのベッドの方へと戻った。
「……あれ。戻ったんじゃなかったの」
すると私の気配を察したらしい歩夢くんが、首だけ私の方に向けて言った。
「ね、眠るまで一緒にいてあげる」
照れてしまって歩夢くんの顔を直視出来ず、視線を斜めに落としながら私は言った。
「え、マジで」
「そ、添い寝はしないからね!」
「わかってるって。ーーありがと、」
あの吸い込まれそうな瞳で私を見つめ、少し嬉しそうに、僅かに笑って歩夢くんが言った。
「ーーうん」
その優しい微笑みに私の顔が自然に綻ぶ。私は頷くと、彼のベットの横に座った。
そしてその後、私と歩夢くんは他愛のない話をした。しばらくすると、処方してもらった薬が効いたらしく、歩夢くんがうとうとして口数が少なくなってきた。すると私もそれにつられて眠くなってきてしまった。
歩夢くんが寝たら自分の部屋に戻ろうと思っていたのに、私は彼の部屋で、ベッドにもたれながらいつの間にか眠ってしまった。
「ーー」
耳元で低くて魅力的な声がして、私ははっと目を覚ます。一瞬状況が理解できない。目の前にはベットの縁が見える。そして座り込んでいる自分。
そして自分の横にいる、首をかしげて私を見つめる歩夢くん。
「そんなとこで寝てると風邪ひくよ」
「え、あ、歩夢くん……?」
おぼつかない頭でなぜ自分がこの状況にいるのかを思い起こす。
昨日歩夢くんが風邪をひいてーーえーと、そしてどうなったっけ? あ、確か添い寝してだの言われて……結局彼が寝るまで一緒にいることにしたんだった。
ーーあ。それで私そのまま寝ちゃったんだ。部屋の窓から射し込む光から察すると、すでに朝になっているらしい。
「、おはよ」
「え、あー……おはよー、ございます……」
「さっきも声掛けたんだけど起きなくて。でもその体勢辛そうだから起こした」
「え、うん……」
私は眠い目を擦りながら彼に答える。彼は私が寝ているあいだにシャワーを浴びたらしく、ツイストパーマが半乾きだった。ラフなTシャツの袖から筋張った腕がのぞく。
変な体勢で寝てしまったせいか、体の節々が痛い。
「一晩一緒にいてくれたんだ」
いまだに座る私の顔を、歩夢くんがのぞき込みながら言う。ちょっと楽しそうに。
至近距離だったから私は少しだけ後ろに引いたけれど、その彼の顔色が良くて、声もいつもの明瞭さがあることに安堵する。ーー一日でほとんど治ったようだった。
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