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2/14 平昌 選手村 No.3

 

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「あー、疲れた」

日付がすでに変わるころ、やっと選手村の自室の前に戻ってきた私とは歩夢くん。歩夢くんは両手を天上に伸ばしながら、珍しく疲労をあらわにした。

決勝が終わったあとは、大忙しだった。各メディアのインタビューから、日本のテレビのニュース番組の生出演が立て続けに入り込み、マネージャーの私もほとんど座る暇がなかった。

歩夢くんはメディア出演はそんなに得意じゃないみたいだけれど、スノーボードの普及のために、やらなければならないことだと思っているらしい。

……もっと出ればいいのに。イケメンなんだから、女の子のファンがいくらでも釣れるだろう。あ、でもスノーボードをやる層じゃないと意味が無いのか。

それに、女の子ファンが増えるのはなんとなく……ちょっと、気が進まない。なんとなくだけど。まあ、別にいいけど。

「じゃ、疲れたし寝るわ」

歩夢くんは自分の部屋のドアの前に立ち、私に顔だけ向けて言う。確かにいつも魅力的な彼の瞳の光は少し霞んでいたし、頬の血色も悪い。本当に疲れているのだろう。精神的にも、肉体的にも。

「う、うん」

頷く私だったが。

あのことを謝りたかった。ーー三本目のRUNの前に、手を握って引っ張れなかったこと。頼まれていたのに、それをできなかったことを。

今日ほとんどずっと一緒にいたのに、忙しかったのと、言いづらかったのと、それどころじゃない歩夢くんの心情を想像したのとで、謝罪していなかったのだ。

「ん、じゃあおやすみーー」

「歩夢くん! あ、あの!」

自室のドアに手をかけた歩夢くんに、私は大きな声で言った。歩夢くんは動きを止め、私の方に体ごと向ける。

「ん、どしたの」

「あの……ご、ごめんって言いたくて」

「何が?」

「3本目のRUNの前に、手、引っ張れなくて……」

私が言うと、歩夢くんは私を見つめて少しの間、無表情で黙った。しかし、数瞬後。

「ははは、あれね。あのタイミングでこけるの、マジ笑えるわ」

笑いながら、心底おかしそうに言う。

別に歩夢くんがこのことに対して怒っていたりとか、重いことだと受け止めていたりとは思っていなかったけれど、なんとなく真剣な返答を期待していた私は力が抜けてしまう。

「え、え〜。だって、雪の上だもん……。慣れてないんだよ、歩夢くんほどは」

「そうだろうけどさ。今からって時に盛大にこけるから、おかしくて。って本番に弱いタイプでしょ?」

「う、なぜわかった」

「別に。今まで一緒にいてそう思えただけ。ま、こけたのは別にいいけど。とにかく笑えたわ〜」

「はあ、すいませんね〜」

歩夢くんが毎度のようにからかうように言うので、私も今日あった重大な事象をつい一瞬忘れ、ふざけて口を尖らせる。

「ま、そんなことより、も今日は疲れたでしょ」

「え、うん」

「いろいろありがとね、お休み」

そして歩夢くんは私に背を向け、自分の部屋のドアを開けたので、私も「おやすみ」と言って部屋に入った。

ーー確かに、身体中が疲労困憊だ。

私はとりあえずベッドにダイブした。シャワーを浴びたかったけれど、ちょっと休憩してからにしよう。

今日1日はとても長かった。ハーフパイプの決勝があって、いろいろなメディアからのインタビューがあって、メダル授与式があって、テレビに何局も出演して。

思えば、やっと一人になれた気がする。

卓くんはさすがにもう寝てるだろうから、歩夢くんも今やっと一人の時間を過ごせるのだ。

ーー1人の時間、を……。

私は思わずベッドから飛び起きた。歩夢くんは、今初めて1人になったのだ。……決勝で負けてから、初めて1人に。

急いで部屋のドアを開ける。ーーすると。

「……歩夢くん」

歩夢くんは、自分の部屋には戻っていなかったようで、私の部屋の前で立っていた。目深に被ったビーニーと、彼が少し俯いているせいで、その表情をうかがい知ることは出来ない。

私は彼がそこにいることに、特に驚かなかった。

歩夢くんは顔を伏せ気味にしたまま、私の部屋へ無言で入ってきた。私も何も言わず彼を迎え、部屋のドアをパタリと閉める。

すると歩夢くんは、立っている私の肩に頭を乗せた。

「――負けた」

そして彼は呟くように、それだけ言った。

私は彼の背中にそっと腕を回す。彼から溢れ出る悔しさややるせなさを、受け止めるように。

そして、肩越しの彼から少し湿っぽい気配を感じ、私は肩から彼の頭を外すように少し移動すると、彼の頬に優しく手を当て、顔を正面に向かせる。

歩夢くんの目は、いつものように開いていた。彼がよく見せる、淡々とした無表情とも言える面持ち。

しかし彼の瞳は濡れていた。彼の頬を涙が一筋つたって落ちていく。

スノーボードに関してはいつも強気で、本当に強くて、私に対してはいつも上からおちょくるけれど、なんだかんだで優しい歩夢くん。

彼が私に見せた、初めての弱さ。

ーー愛しい、と思った。

私は彼の頬を掴んだまま、自分の顔を近づけてそっと口付けをする。歩夢くんは静かにそれを受け入れた。

初めて自分から歩夢くんにしたキスは、切ない味がしたけれど、心の奥がじんわりと暖かくなるような、優しい感覚を私に与えてくれた。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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