2/14 平昌 選手村 No.1
- 2018/05/14
- 10:11
Your name
決勝当日の朝、いつもより少し早く目覚めた俺は1人で食堂で腹ごしらえをした。胃が重くならず、エネルギーに効率よく変換できる食材を吟味して。ちなみに卓はまだ寝ていた。
食べ終わり、食堂から出ようとすると、出入口付近のテーブルでが1人で食事を摂っているのを発見した。
混んでいたから、がいたことに今まで気づかなかった。少し惜しい気がしたが、気を取り直して俺はと向かい合わせになるように座った。
しかし、一眼レフの小さい画面を、少し顔をしかめて見ているは俺には気づかない。テーブルの上に載っている食器類を見ると、すでに朝食は食べ終えているようだった。
「おはよ、」
するとはカメラに落としていた視線を俺の方に向け、少し驚いたような顔をした。
「あ、歩夢くん! いつの間に」
「ん、今来た」
「そうなの? おはよ」
笑みを浮かべてそう言う。しかし俺は、先程の彼女の苦い表情が気になった。
「さっき、カメラ見て渋い顔してたけど。どしたの?」
「え? あー……」
するとは苦笑を浮かべた。
「昨日の予選の写真みてたんだけどさ、あんまりうまく撮れてなくて……」
「そうなの? 全部?」
「あ、いや。來夢くんとかショーンとかスコッティとか……は、まあまあ撮れてるんだけど……」
「え、俺のは?」
うまく撮れたらしいメンバーの中に俺のが入っていなくて、俺は反射的にそう尋ねた。は気まずそうに少し俯いた。
「ごめん……あんまり撮ってない……」
「……え、なんで」
のバツの悪そうな声に、思わず少しイラッとした声を上げてしまう俺。
いつもあんなに写真を撮りまくってるが、あんまり撮っていないだなんて。俺の予選をちゃんと見てなかったということなのだろうか。
「ごめん。……だってさ」
「何?」
はいまだに俯き加減だったが、何故かいつの間にかほんのり頬が赤く染まっていた。何かに恥ずかしがっているような、そんな様子。
俺は一瞬前までイライラしていたくせに、かわいい、と反射的に思ってしまった。
「歩夢くんの滑ってる姿が……かっこよすぎて」
「ーーえ」
「写真撮るの忘れて、ぼーっと見ちゃうんだよね……。Xゲームの時もそうだったから、大会の写真はいつも撮れない……今度こそ撮りたいのに。今日も撮れないのかな……」
照れながらも、言いづらそうに、しかし困ったようには言った。
ーーちょっと待ってよ、何この子。
可愛すぎるだろ、さっきから。
俺は思わず席から立ち、の傍らに歩み寄った。はそんな俺の突然の行動を、目を見開いて眺めていた。
そして俺はいつものように、の頭を撫でるように優しくぽんぽんと叩く。するとの頬もいつものように赤みが増した。
すでに抱きついたりキスしたりしてるのに。これしきのことで赤くなるんだよなあ、は。
「じゃ、今日もたぶん撮れないね」
「え! そんな……なんで」
「ーーだってさ」
不安な顔をするだったが、俺は彼女の眼前で、不敵に笑ってみせた。
「が写真のことなんて忘れちゃうくらい、すごいの見せてやるから」
俺がそう言うと、は少しの間、赤くなった顔で俺をぼーっと見ていた。そして、しばらくした後。
「うん!」
は花が咲くように破顔して、力強く頷いた。
こんな風に微笑まれたら、ますます負けるわけにはいかない。もちろん、最初から勝つつもりで挑んではいるけれど。
ーー勝つよ、俺は。ショーンにもーー羽生くんにも。 俺は改めて、強く深く自分の中で決意した。
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