2/13 平昌 選手村 No.5
- 2018/05/12
- 09:19
Your name
「違った……?」
「なんて言ったと思う? その時のは」
羽生くんの表情が少し不敵になった気がした。は羽生くんにとって、何か特別なことを言ったのだろう。
の性格から、なんとなく思ったことをズバッと言ったのだとは思うけど、具体的には見当がつかなくて、俺は少し悔しくなる。
「ーーわかるわけない」
「そうだね、ごめん」
「で、なんて言ったの?」
すると羽生くんは、少し間を置いたあとに、ゆっくりと、愛しそうにこう言った。
「『 お兄ちゃんが1番かっこよかった。失敗しても、何度もジャンプ飛ぼうと頑張ってるのが、すごくかっこよかった』って」
「…………」
俺はなんて言ったらいいのかわからず、黙った。の言葉が、想像以上で。
「失敗して何度も転んで。客観的に見ても、スマートでかっこいいとは思えない。そんな風に思った人は誰もいなかったと思う。ーーでもは」
羽生くんは一呼吸置いてから、こう続けた。
「いつものように笑いながら、興奮した感じで、そう言ったんだ。俺を元気付けようとか、慰めようとか。そういう感じではなかった。あの子は心からそう思って、そう言ったんだ」
「ーーマジかよ」
そんなことを言われたら、はっきり言ってヤバい。奈落の底まで落ちてしまっている時に、あの笑顔のにそんなことを言われてしまったら。
そんなの、君無しじゃいられなくなってしまうではないか。
「あの日のの言葉がなければ、俺はきっとここにはいない。俺はこれでいいんだ、って思えた。俺の人生を作った言葉って言っても過言じゃない。ーーが引っ越してからもずっと、あの時のの笑顔と言葉を、忘れた日は無かった」
そうだろうな、と素直にそう思えた。に同じ思いを抱く者同士として。
ーーだけど。
「でも、と別れてから随分長い時間が経ったよね。そんな長い間、ずっとが好きだったの? ちょっとそれは考えられないけど」
さすがに心に突き刺さる言葉をもらったとはいえ、そんなに長い間たった一人の相手を思い続けているのは無理がある。
その間に出会いと別れなんてたくさんあるし、特に俺たちは様々な分野のスペシャリストと知り合う機会が多いのだから。
「はは。まさか」
すると羽生くんは、少し軽い感じで笑って、こう続けた。
「さすがにずっと好きだったわけじゃないよ。いい思い出として、覚えてはいたけれど。例の言葉を言われた時も……は妹から特別な存在にはなったけれど、それが好きとか恋とかなのかって言われたら、よくわからない。俺だってまだ小学生だったしね。ーーでもね」
羽生くんは笑うのをやめ、俺を真剣な面持ちで見つめた。その表情はどこか挑戦的にも見えた。
「この前再会した時。偶然この選手村で会った時。俺はの顔を見た瞬間に、こう思ったんだ」
「ーーなんて?」
「あ、俺はこの子が好きだって。ずっと探していた何かを見つけたような、そんな感覚だった。俺の好きな人はここにいたんだ、って思った。ーー変に思うかもしれないけどね」
「…………」
別に変には思わなかった。特にが相手ならば。の周囲では、何故か今まで有り得なかった想いが産まれてしまう。
ーースノーボードにしか興味のなかった俺の心に、君が入り込んでしまったように。
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