記事一覧

2/13 平昌 選手村 No.3

 

Your name






歩夢side

無事に3位で通過した予選を終えた俺は、部屋で少し仮眠を取ったあと、少し気分転換をしたうて部屋を出た。

仮眠をする前の部屋では、卓が自分のことなんてなかったかのように、「明日の決勝、風弱いとええな」「ショーンやっぱ1位なんやな」と、いつもの調子で言ってきた。

だから俺もいつもの調子で淡々と答えた。卓ががそう望んでいるから。

そっとしておくしかないのだ。どうしようもないことだから。俺も卓もそれはよくわかっていた。

食堂や美容院、トレーニングルームの前を通り過ぎ、あてもなくぶらつく。そういえばはどこにいるのだろうとちょうど思っているとき、カフェの中に見慣れた姿があるのが目に入ってきた。

カフェの席に座っている、あの触りたくなる綺麗な髪の持ち主は紛れもなくだ。

そしてそんな彼女の向かいに座っているのはーー羽生結弦。

羽生くんのカメラマンの件は断る、と言っていたけれど、心に不安が宿る。俺はカフェにそっと入ると、の死角になる席にそっと腰を下ろした。ちょうど、2人の会話が聞こえるくらいの距離。

ーーなんか俺こっそりの会話聞く場面多いな。ストーカーなんじゃないか、俺。

「ーーなんで、卓くんが予選落ちなの」

のそんな言葉が聞こえてきた。涙声だった。は今日の予選のあと、卓のことを気にしていたようだったが、空気を察したのかそのことに何もついては言っていなかった。

そして羽生くんに次々とは自分の苛立ちや悲しみを吐露していく。

卓の点数に納得がいかないこと。その時の運や審査員の匙加減で結果が決まってしまうということへのやるせなさ。何も出来ない自分の無力さ。

ーーそれを聞いた俺はますますという人物の深みにはまってしまいそうになった。

が、俺たちに感情移入して、応援してくれていたことをーーではなく。

羽生くんの前で泣いてしまうほどの想いに溢れていたのに、俺や卓に何も言わなかったことに。

きっと俺たちや卓の素振りを見て、そうするべきだと彼女は判断したのだ。そうするのが、1番いいと。

は明るくて単純で、深いことは何も考えていないように一見見えるけど。

決してそんなことはない。機転が聞いて察しが良くて、思慮深い。

ーーまあ、恋愛ごとに関しては類まれな鈍感さを持っているが。

「ーーありがとね、結弦くん」

一通り話終えると、はそう言って立ち上がる。羽生くんとの会話は、内容が内容だったのであまり嫉妬は抱かなかったけれど、俺はやはり安堵する。

「うん、またね」

「結弦くんはもうちょっとカフェいるの?」

「うん、ちょっと用があってね」

「そっか。じゃあ、また」

そう言うとは歩き出し、カフェから出ていってしまった。今すぐ出ると鉢合わせそうだから少し時間を経ってから出よう。は今の話俺には聞かせたくなかっただろうから、知らないふりをしないと。

ーーと、俺が思っていると。

羽生くんが席から立ち上がった。そういえば、何か用があると言っていたけれど。もう出るのだろうか。ーーすると。

彼がどんどん俺の方へ近づいてくる。ーーえ、まさか。

いきなりのことに俺が動けずにいると、羽生くんは俺が座ってる席のテーブルの前で足を止めた。

ーーちょっと用があるって、俺にかよ。

「平野くん、決勝進出おめでとう」

「……どうも」

自身に満ちた笑みを浮かべながら、相変わらず優雅な物腰で言う。俺は少し気圧されながら、それだけ言った。

「さっきの話聞いてたんでしょ?」

「まあ……」

なんとなく気まずくて俺は苦笑を浮かべる。すると羽生くんは、俺の向かいの席に腰掛けた。

「ーー変わってないな、と思った。は」

「え?」

「小さい頃のまんまだ」

「………」

何も言えず俺は黙る。羽生くんの瞳に勝気な光が宿った。

ーー俺は君の知らないを、絶対に知りえない頃のの姿を知っているんだぜ、とでも言うような、挑発的な視線。

俺は瞳に力を込めて羽生くんを見返す。

ーー負けるかよ。

言葉に出さず、俺は彼にそう言い放つ。

「……明日決勝だよね。今時間ある?」

すると羽生くんは、そんな俺の視線を受け流すように少し微笑むと、そう言った。

「少しなら」

「そっか。じゃあ少し話そうか。……いろいろ思うことがあるでしょ?」

「……それはお互い様じゃないの」

俺がそう言うと、羽生くんは「そうだね」と穏やかに言った。



そして彼は、自分との過去について、話し出したんだ。


お気に召したらお願いします→ web拍手 by FC2

前のお話    次のお話

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

名前変換

 

Your name