記事一覧

2/13 平昌 選手村 No.2

 

Your name






「その話はもういいんだ。それよりさ」

「ん?」

「どうしたの?」

「え……?」

「無理してない? なんか、覇気がない」

結弦くんが私の顔を覗き込んで、優しい光を湛えた瞳を私に向けた。

それを見た瞬間、悔しさとやるせなさを無理やり封じ込めていた胸中のダムが、一気に決壊してしまった。

私は結弦くんの顔を見つめたまま、頬に涙を伝わらせる。1度出てしまうと、それはとめどなく溢れていった。

……?」

「意味がわからない。ーーなんであんなに点数が低いの。いつもよりは固かったけれど、そんなに悪い内容じゃなかった」

私は涙のせいでくぐもった声で言う。そしてこう続けた。

「なんで卓くんが、予選落ちなの」





予選を終えた卓くんは、呆然とする私に向かって「ま、こういうこともあるんや」と軽い口調で言って、いつものようにひょうひょうとした笑みを向けた。

ハーフパイプは採点競技。審査員の好みや滑走順、RUNのあとのパフォーマンスによって、明らかに内容に合わない採点を付けられてしまうことは、よくあること。

あの歩夢くんだって、会心の滑りをしたのに予選落ちをした大会だって過去にあったそうだ。

ーーだけど。

卓くんとはこの五輪で初めて出会った。しかし歩夢くんのマネージャーをすることになって、この4年間で彼がどれだけの鍛錬を積んできたのかを、私は過去の動画やネットの記事などで、知識として持っていた。

そして実際の彼の努力は、恐らく私の想像を遥かにこえるものだろう、ということも分かっていた。

4年前のソチ五輪では歩夢くんに次いでの銅メダル。その後のUSオープンでも、優勝している。決して予選落ちするレベルの選手ではない。

積み上げてきたものが、その時の審査員の気分や印象、運で一瞬でダメになる。

やるせなくて悔しくて。

だけど、私には何も言えない。言ったところで何も変わらない。「惜しかったね」とか「頑張ったね」とか、そんなことを私みたいな素人が言えるはずもない。おこがましくて。

歩夢くんも來夢くんも優斗くんも、卓くんには何も言わなかった。そうするのがきっと最善なのだろう。こういう状況に慣れている彼らを、私は見習うしかなかった。

しかし、結弦くんの優しい眼差しを受けて、私の内なる想いは溢れてしまった。

「……そうだね。何も言えないよね」

「うん……」

違う競技の結弦くんなら、と私内なる思いを彼にぶつけてしまった。彼の言葉に、私は嗚咽しながら頷く。

こんな姿はハーフパイプの選手達には見せられない。1番泣きたいのは、私じゃない。私なんかが泣いていたら、失礼な気さえする。

は彼らを近くで見てるから、きっと辛いよね。アスリートじゃないから、割り切るのも慣れてないだろうし」

「うん……」

「ーーだからさ」

すると結弦くんは、一段と優しく微笑んだ。その類まれな優美さに、私の心を淀ませていた闇が幾分か晴れる。

「俺はハーフパイプの選手じゃないから。言い方悪いけど、関係ないから。――今なら、泣いてもいいと思うよ」

その言葉に私は唇をかんで俯いた。そうでもしないと声を上げて泣いてしまいそうで。

「……ありがとう」

そして私は絞り出すような声で、それだけ言った。


お気に召したらお願いします→ web拍手 by FC2

前のお話   次のお話

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

名前変換

 

Your name