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2/13 平昌 ハーフパイプ会場 No.1

 

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いよいよ訪れたオリンピックの予選の当日、ハーフパイプ会場でその日初めて会った歩夢くんは、すでに勝負師の顔をしていた。

XゲームのRUNの前に見た時と同じような、魂の全てを雪上の舞にかけた、あの気迫溢れる顔。

だけどあの時より少し、こわばっているような、張り詰めているようなーーそんな風に見えた。

さすがの歩夢くんも、オリンピックに対してはかける想いが違うのだろう。

昨日またいきなりキスされたことについて、会場入りする前の私は少し怒っていたけれど、こんなに真剣に闘志を燃やす歩夢くんを見たら、どうでもよくなってしまった。

歩夢くんだって、昨日の件のことなんて髪の毛一本分も脳内を占めてはいないだろう。ーーまあ、彼みたいなやり手にとっては最初から気にするほどのことではないのかもしれないけど、ね。

パイプの終わりで一眼レフを片手に、予選前の慣らしをしている歩夢くんを初めとする4人の日本人選手を眺める私。

みんな、調子は悪くなさそうだ。彼らの実力なら予選突破は間違いないだろう。

するとパイプのの終わりまで滑り降りてきた歩夢くんが、私の近くで雪を撒き散らしながら止まった。そして私の横に立ち、ゴーグルを額に上げて目を細めてパイプを一望する。

RUNのシュミレーションでもしてるのだろうか、と私はその張り詰めた横顔を眺めた。

「今何時?」

すると歩夢くんが私の方を向き、不意にそう尋ねてきた。私はポケットのスマホを取り出し、時間を確認した。

「12時ちょっと過ぎ。予選開始は13時からだから、そろそろ練習は終わりだね」

「そか、ありがと」

私がそう言うと、歩夢くんは再び視線をパイプに向ける。

「調子、いい?」

「まあ……普通」

私が尋ねると、歩夢くんはいつものように淡々と答えた。彼にとっての「普通」は、高難易度の技を問題なくメイクする、といった状態だ。常人とはレベルが違う。

「予選は大丈夫だと思う。トップにならなくても、通過すればいいから」

ハーフパイプという競技の予選のスコアは、決勝には全く影響がない。決勝の滑走順は予選のスコアで決まるけれど、それだけだ。決勝は予選の成績は全く加味されず、3回滑ったうちの最も得点が高いものが、その選手の成績として採用される。

「そっか……」

私は安堵する。歩夢くんがXゲームの時よりも遥かにピリピリしているように見えたので、少し不安を覚えていたのだ。

「ーーけど」

歩夢くんはゴーグルを再び装着し、口を開いた。

「え?」

「オリンピックだからね。普通の大会とは違う」

「ーーどういうこと?」

「何が起こるか、わからない」

歩夢くんはそう言うと、また慣らす練習をしに行くらしく、私に背を向けて歩み出した。

ーーそういえば、聞いたことがある。オリンピックには魔物が潜んでいると。

五輪の前哨戦で勝ち、金メダル確実だと謳われた選手があっさり予選落ちしたり、全く無名の選手がひょいと現れ、1位をかっさらってしまうことが、この大会では珍しくないという。

そんなことを言っても歩夢くんだから。あんなに綺麗に1440を決めてしまう、平野歩夢なのだから。

きっと、大丈夫だよ、ね。

私はそう思っていた。歩夢くんはもちろん、世界レベルの実力がある來夢くんや卓くん、優斗くんは難なく予選を通過するって。

ーーだけど。

オリンピックにはやはり巣食っていたのだ。選手達の日々の努力を、それによって身につけた実力をーーそんな尊いものたちを容赦なく嘲笑い、無意味にしてしまう、恐ろしい魔物とやらが。


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泰人

Author:泰人
昔いろいろ夢書いてました。

久しぶりに書いてます。

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